九条家の1日 | ナノ


妻の自覚

 ーーそれは少し前の出来事。



 ピンポーン

「まま、ぴんぽん!」

 インターホンが鳴り、空がいち早く反応した。誰だろうと思い、すぐにドアホンへと向かう。宅配便などは頼んでいないし、天くんはまだ仕事なので知り合いではないだろう。

「あ、」
「だれ?」

 だけど確認するとそこにいたのは、

「楽さん! どうしました?」

 ドアホン越しに手を振る楽さんだった。だけど天くんはドラマ撮影で家にはいないし、楽さんが来るなんて話はしていなかった。あれ、もしかしたら楽さんは天くんが今いないことを知らないのかな。

『ちょうど近くを通ったからな、会いに来た』
「わあ、そうなんですね。でも天くんなら今日ドラマ撮影でいないんですよ……」
『知ってる。空とひなの顔を見に来ただけだ』
「あ、知ってたんですね!」

 なんだ、知ってたのか。突然の来訪だったから知らないかと思ってしまった。なんて思いながら私はドアホンを切って玄関を開け、楽さんを迎え入れたのだ。


「楽さんいらっしゃい」
「がくー!」

 入って来る楽さんに空は嬉しそうに楽さんへと飛びついた。そんな楽さんはしゃがんで空を片手で抱き上げる。

「邪魔する。連絡してないのに突然来て悪かったな」
「いえそんな! わざわざ来てもらってありがとうございます。今お茶出しますね」
「お構いなく。そうだ空、これやるよ」
「わー! くるま!」

 楽さんが空に渡したのはミニカーのおもちゃの箱だった。空は目を輝かせて箱を受け取っている。楽さんは家に来る度毎回のように空におもちゃを買ってくれるので本当に申し訳ない。

「わ、毎回すみません。本当こんな気を使って貰わなくて大丈夫なのに……!」
「気使ってなんかねぇよ。俺があげたいだけだ」
「でも……」
「気にすんな。空が喜ぶ顔が見たいんだよ」
「がく、ありがとう!」
「おう」

 そう言って微笑む楽さんに、私はお礼を言うことしかできない。空は楽さんの腕の中で嬉しそうにそのミニカーの箱を持っていた。そして楽さんは空と少しだけ遊んだ後、やがて「天によろしくな」と言って帰って行ったのだ。

 楽さんが帰った後、天くんに「楽さんが来てくれたよ」とラビチャをしようと思った。けれど空が急に眠そうになってしまい、急いでお風呂に入れてから夕食を食べ、空と一緒に眠ってしまった。だから結局天くんに連絡は出来なかったのだ。




△▼△▼


「ただいま」
「おかえりなさい」
「起きてたの? 寝ててよかったのに」

 ほぼ深夜の時間に天くんが帰ってきた。天くんは私が起きていることに驚いたようだった。

「空と一緒に早く寝ちゃったの。それでさっき目が覚めたんだ」
「そう。空はぐっすりだね。昨日あんなにはしゃいだからかな」
「かな。天くんと遊べて嬉しそうだったもんね」
「そうだね」

 昨日、天くんは夜には家にいたので空は嬉しそうに天くんと遊んでいた。そこではしゃぎすぎたからか、今日早く眠くなったんだろうな。なんて天くんと話してからいつもの他愛のない話をしている時だった。天くんがリビングのテレビ前に置いていたあるものに気付いた。

「ひな、あのミニカーのおもちゃ買ったの?」

 天くんが言っているのは今日楽さんが空にとくれたものだった。そういえば天くんに楽さんが来たこと自体、言うのを忘れてしまっていた。

「あ、ごめんね言うの忘れてた。今日楽さんが来てね、空にってくれたの」
「……楽が?」
「うん」
「………」

 そう伝えると天くんは少し険しい顔をして黙り込む。どうしたのかと思って天くんの顔を見上げると、そのまま手を引かれ、二人してぼすっと音を立ててソファーへと座り込んだ。私は手を引かれていたため少しバランスを崩し、天くんの胸元で支えられる形になる。

「て、天くん?」
「なに」
「どうしたの?」

 突然のことでどうしたのかと思い、天くんに伺うと天くんはじっと私を見てからため息をついた。そしてその手を私の腰に回してぎゅっと抱きしめてぼそっと耳元で言った。

「……楽のことは信頼してるけど、知らないところで勝手に会われるのはやだ」
「! ごめんね! その、連絡するタイミング逃しちゃって……」
「それは仕方ないけど、でももしボクが気づかなかったらボクは知らないままだったかもしれない」
「っ、ごめんなさい……」

 天くんの声色は少しだけ強くなる。いくら楽さんとはいえ、異性と会ってそれを伝えるのを忘れてしまったのだから嫌な気持ちになるのは当然だ。連絡するタイミングがなかったのは本当だけど、天くんが帰ってきてからなら伝えられたはず。なのに結局忘れてしまっていて、申し訳なさでいっぱいだ。

「……空が早く寝てタイミングなかったのだって、ひなに悪気がないのは分かってるよ。でもボクが嫌なだけ。強く言ってごめんね」

 そう言って天くんは腕の力を弱めた。そこで見えた彼の顔はどうしようもなさそうに笑っていたので、その表情に罪悪感で胸が締め付けられてしまう。

「私こそごめんなさい……。今度はちゃんと連絡するし、忘れないようにする」

 私がそう言うと、天くんは私の頬を手で覆い、自分の額と私の額をくっつけた。そして真剣な表情で言う。

「空のこともあるし無理にその場で連絡とかはしなくていい。でもちゃんとボクの奥さんってことは自覚して忘れずに教えて。分かった?」
「うん……!」

 そしてどちらからでもなく、吸い込まれるようにお互いに顔を近づけては口付けをしたのだ。




 ーー後日、楽さんからラビチャが届き、『こないだは天に何も言わずに会いに行ってごめんな』といった内容だった。どうやら次の日に天くんが楽さんに話したらしい。そして龍之介さんいわく、「ちょっと拗ねながら楽に話してた天が可愛かったんだよ。愛されてるね、ひなちゃん」と言われて不謹慎だけど、少しばかり照れてしまったのだ。


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