九条家の1日 | ナノ


「馬鹿」

「こーら陸。その持ち方はこぼすからちゃんと持ちなさい」
「大丈夫だって! 大和さんこそ酔っ払ってお酒こぼさないで下さいよ!」


 目の前に座ってるのは二階堂と七瀬。仕事帰りの流れで飲みに行くことになったのだ。俺と二階堂と七瀬なんて珍しいメンバーだよな。なんて思いながら仕事の話やら何やらでそこそこに盛り上がっていた。
 そして飲み始めて時間が少し経った今、危なっかしく酒を持つ七瀬に二階堂が注意している。七瀬は笑って二階堂に言い返すが、その瞬間、ドボドボと七瀬の持つグラスから液体がこぼれた。

「わあ! こぼれちゃった! どうしよう、大和さんも八乙女さんもかかってないですか!?」
「かかってねぇよ。ったく、なんつー持ち方してんだ。ほらこれで拭け」
「言わんこっちゃない。全く陸はお馬鹿さんなんだからーー」
「おい」
「ん? どうした八乙女」
「……馬鹿とか言うの、よくない、ぞ」
「……は?」

 俺の言葉を聞いて二階堂はきょとんとした目で俺を見る。馬鹿と言われた七瀬ですら俺のことを驚いたような目で見てきた。

「八乙女どうしたんだ? お前そんなキャラだっけ?」
「…………」

 驚いた表情を変えないまま問うてくる二階堂と七瀬を前に、俺の記憶は少し前に戻る。





 天の家に顔を出した日のことだ。仕事が終わり、たまたま天の家の近くまで来たからせっかくだと思って天の家に邪魔をした。ひなと天は受け入れてくれたが、空の姿が見えなかった。どうやら今日は空は早く寝てしまったらしい。それなら顔だけ見て起こさないようにするか、そう思ってそっと寝室を開ける。

「……ぱぱ……まま……」

 広い寝室には端っこで仰向けになって、首元まで布団を覆って眠っている空がいた。天とひなのことを呼びながらすやすやと寝息を立て、可愛いらしい寝顔を浮かべている。俺はそんな空を見ては寝室をあとにし、リビングにいる天に話しかける。

「……空って可愛いな」
「今更? ボクとひなの子が可愛くないわけがない」
「お前は可愛くねぇけどな」
「別に楽に可愛いって思って貰わなくて結構」
「ほんとに可愛くねぇ」

 天はふん、と可愛げのない態度をする。全く、昔から変わらないなこいつは。まあそれが天らしいが、空はこうならないでほしいものだ。そう思っていると、リビングの扉がキィィ……と小さく音を立てて開いたのだ。

「……がく?」

 扉を開けたのは目を擦っている空だった。

「空起こしちまったか? ごめんな」
「ううん……」
「空、まだ眠いでしょ? 一緒にベッド行こっか」
「ん……」

 どうやら俺達の話し声からか、たまたまなのかは分からないが空が起きてしまったのだ。天はそんな空を見てソファーから立ち上がって空の側へ行く。そして優しい表情で、空をそっと抱き上げた。その光景を見た俺は無意識にひなに話しかけていた。

「なぁひな」
「どうしました?」
「天って、……ちゃんと父親だよな」
「ふふ、天くんは素敵なお父さんですよ」

 ひなもまた天と空を愛おしそうに眺めている。本当にこいつらはいい家族だ。微笑ましくなって自然と口元が緩むのを感じる。


「ま、親馬鹿なところはあるけどな」

 そして深い意味もなく俺が放った言葉。この言葉が今のこの場の空気を変えてしまったんだ。

「………ばか?」
「ん?」

 その言葉に反応したのは天の腕の中でうとうとしていた空だった。天が寝室へ向かおうとした際に俺の言葉に反応してしまったのだ。

「がく、ばかっていった?」
「あ、いや……馬鹿は言ってない。親馬鹿って言っ」
「ぱぱのこと、ばかっていった!」

 俺の言葉を途中で遮った空は、天に抱かれたままキッと俺を睨み上げる。あれ、さっきまで眠そうだった空はどこに行ったんだ。俺のことを睨む空はだんだんとその大きな瞳に水気が帯びていく。……この空気はまずい。そう感じた直後、空は泣き出してしまった。

「ばかっていっちゃ、めなの!! ぱぱをばかっていったがく、きらい……ううっ」
「なっ……!」

 決して馬鹿と言った訳ではない、親馬鹿と言ったのだ。だけど空には俺が自分の大好きな天のことを馬鹿と言ったように聞こえてしまったようだ。大好きな父親を馬鹿と言われれば、そりゃ誰だって、特にまだ幼い空にとっていい気分はしないのは当然だった。まさかそこだけ聞かれて、泣かれて、終いには「嫌い」と言われてしまうなんて。
 天は目を丸くして腕の中の空を見た後、笑いを堪えて肩を震わせた。きっと天から見たら可愛がってる空に嫌いと言われ、ショックを受けてる俺が面白くてたまらないのだろう。笑ってる天はうざかったが、それよりも俺は空に嫌いと言われたことがショックで仕方なかった。

「な、なぁ空。ごめんな、もう言わないから嫌いなんて言うなよ」
「……がくはすきだけど、ばかっていうならきらい」
「うっ……もう二度と言わないぞ! 約束だ」
「ぱぱは、ばかじゃないもん」
「そうだな、天は馬鹿じゃないよな。いいパパだもんな」
「うわ、楽に言われるとか気持ち悪い……」
「うるせぇ……! 空に嫌われるよりマシなんだよ」
「へへ、がく、すき」

 二度と(少なくとも空の前では)天に馬鹿と言わないことを約束すると、空は愛らしい笑みを浮かべて俺を見る。ーーああ、よかった。嫌いというのは撤回してもらえたようだ。そして空は安心したのか、またうとうとし出したので今度こそ天と一緒に寝室へと向かって行ったんだ。
 ……そういえばこの間、亥清とも似たようなやりとりをしていたことを思い出す。亥清、あの時は笑って悪かった。やっぱり子どもには叶わねぇな。





「……ってことがあってな。馬鹿っていう言葉をむやみに使わないようにしてんだ」

「…………」
「…………」

 黙って聞いていた二階堂と七瀬。やがて俺の話を聞き終えた後、二階堂は笑い出した。

「はははっ、そんなことがあったのか! お前にそんな可愛い一面があるとは……」
「うるせぇな! 子どもに嫌いって言われるの結構ヘコむんだぞ!」
「確かに空に嫌いなんて言われたら俺泣いちゃうかも……」
「だろ? いいか、お前らも馬鹿とか言わない方がいいぞ、空に嫌われる」
「……お前自分の子ができた時大変そうだな」
「俺も自分で思ったけどな、その時はその時だ」


 二階堂の言う通り、他人の子どもでこんなになるくらいなんだから自分の子ができたら俺は一体どうなるんだろう、といつしか考えたことがある。きっと親馬鹿になっちまいそうだし、子どもの言動で半端なく一喜一憂するんだろう。……まあその時はその時だ。全力で愛情を注いでやる。
 
 そんな話をしていたら、気付けば時間が随分経っていたようで、あと一杯飲んだらお開きにちょうどいい時間だった。「んじゃ最後の一杯飲みますかー」と二階堂の言葉に俺達は、最後の一杯を片手にしたのだった。


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