きらい、すき
「ぱぱ、きらい」
「は…」
つい先日ボクは風邪を引いてしまった。多少辛かったけれど、ファンのために仕事を休むわけにいかない、と仕事もしつつひなが看病してくれたりしつつ、姉鷺さんも仕事を調整してくれたりと、おかげでようやく体調も良くなってきた。
そして今日はオフだ。久しぶりにひなと空と家族でゆっくり過ごせる、そう思っていたのに朝起きたらこれだ。ベッドから起き上がったボクに対し、既に起きていた息子の空が寝室にやってきて突然「きらい」と言われた。なに、意味がわからない。
「ボクなにかした?」
「………」
「ねぇ空」
何も言わない空。だけどずっと空は目を潤ませながらボクを睨んでいる。身に覚えもなく、少しむっとしたボクはベッドから立ち上がり、空に近づいて手を伸ばそうとする、が…
「ぱぱきらいだもん!!ばかっ!!」
「、な……」
抱き上げることは許されず、空は寝室から出ていった。まだ3歳にも満たない息子は素早くスタスタと走り去る。そして「ままー!!!」とリビングの方からひなを呼ぶ空の震える声が聞こえた。ってかあの声泣いてるでしょ。
なに、ボクなんでこんなに嫌われてるの。大好きな息子に嫌いって言われて、泣かれて、こんな仕打ち受けて、泣きたいのこっちなんだけど。
「はぁ…」
息を吐いた後、ゆっくりとリビングの方へ向かった。
リビングへ行くとテーブルには朝食が並んでおり、空は椅子に座っていた。ひなは食具やら空の取り分け皿やエプロンなどの準備をしている。
「……おはよう」
「おはよう天くん。体調どう?」
「うん、もう大丈夫」
「………」
「ほら、空もパパにおはようは?」
「…………」
ひなに促されているが、ボクの顔も見ずにぶすっとふてくされる空。わざと目線を反らしているのが丸わかりだし、涙の跡が見える。やはりさっき泣いていたのだろうと改めてわかった。
そんな中、リビングに少しだけ沈黙が続く。ひなが何か言いそうだったが、それより先にボクの体が動いた。こんな空気のまま朝ごはんなんて食べたくない。そう思ったボクは一度空の名前を呼ぶ。
「空」
「…………」
「はぁ。無視はダメでしょ」
「!」
名前を呼んでも変わらず反応がなかったので、椅子に座っている空をひょいっと脇を抱えて抱き上げ、ソファへと移動する。反抗するように手足をじたばたさせていたけれど、「落ちるよ」と一言言えば暴れるのをやめ、一緒にソファに座った。そして座った後、ボクの膝の上に対面するように空を乗せた。背中と肩を支えているため空は動けないし、目も反らさせない。
「ねぇ」
「………」
「パパは、空になにかした?」
泣き止んだ空だったが、再びが目はうるっとし出し、
「…うぅ…だって」
ぽろっと目から涙を零しながら話し出した。
「ぱぱがくるしそうだったから、たすけたかったのに!!」
「………え」
言われたのは予想外の内容だった。きっと今のボクには目をきょとんとしている、という表現が正しいだろう。思わず目を丸くする。
「なのに、ぱぱはいっしょにねてない……ままにぼくとあわせるなっていった…」
「………」
「ぱぱにげんきになってほしかったのにぃ〜!うわぁあ!」
……なるほど、ようやく理解した。
風邪を引いていた数日間、ボクはほとんど空と会話をしていない。ひなにも、空にも移したくないから別の部屋で寝ていた。最も、仕事もあったからボクが帰ってくる頃には空は既に眠っていたが。
そんな中でも、ひなにはお粥を作ってもらったりと看病してもらっていた。しかし子どもとなるとまた別である。子どもの免疫力とか色々考えてボクはひなに「空とボクをなるべく会わせないで」とか言った気もする。空はそれを聞いていたのか。
「……っ」
そんなことをうわああん!と泣きながら訴える息子を見て、心拍が上がり、ぶわっと顔が、目頭が熱くなる。とても愛おしくて、思わず膝の上に座ってる息子を抱きしめる。
ひっく、と嗚咽が続き、震える空の背中をボクはしっかりと支えた。
「…ごめんね。パパの風邪が、苦しいのが空に移っちゃうかもしれなかったんだ。それがボクは嫌だったんだよ」
「うっ…でも、ままはごはんあげたりおはなしもしてた…」
「ママは大人だけど、空はまだ小さいから。小さいと余計に苦しくなるかもしれないんだ」
「ううっ…じゃあ、ぱぱは…っぼくのこときらいじゃない?」
「嫌いなわけないでしょ。大好きだよ」
「!うわぁああ!ぱぱごめんなさい!ぼくもぱぱだいすき〜!!ばかって、きらいいってごめんなさいぃ!!」
少しずつ説明をし、空は幼いながらも理解してくれたようで、そう言って泣きじゃくりながらボクの背中に手を回し、ぎゅ…っと小さな手で背中を掴む。
そんな光景を見ていたひなは、ふふっと微笑ましい眼差しであったが、涙目になっていた。
「空、パパもこれからちゃんと言うようにする。ごめんね。でももう嫌いなんて言わないで」
「わかった…」
「いい子。じゃあ朝ごはん食べよう。ママがせっかく作ってくれたんだから、冷めちゃうよ」
「たべる!ママのごはん、だいすき!」
「!待ってね、今温め直すから!」
「なんでひなは泣きそうなの」
「……天くんだって」
「うるさい」
一悶着あったが、息子の愛おしさを朝一番に感じたボクとひなは、ひなが作ったいつもの美味しい朝ごはんを皆で一緒に食べたんだ。
「ぱぱ、ごめんなさい。ようふく、ぬれちゃってた…」
「ん、いいよ。着替えるから平気。それより今日なにしたい?最近何も出来なかった分、何でもするよ」
「じゃあ、えほんよんで!あとは、ままと、ぱぱと、みんなでおさんぽ!」
「くすっ、いいよ。全部やろう。あとは?」
「え、えっと……」
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