九条家の1日 | ナノ


子どもには叶わない

「ねぇ巳波」

「どうしました? 亥清さん」


 事の始まりは楽屋でオレが巳波を呼んだことだった。

「……あのさ」
「なんです」

 トウマと虎於は今別の収録があって、今はオレと巳波しかいない。言うなら今しかない。言いにくいけど、頑張れ、オレ。


「………九条とひなのちびに、会いたいんだけど」
「……は?」
 
 よし、言い切った。言いづらかったのか顔が熱い。巳波はというと、オレの言葉に目をきょとんとしてびっくりしているようだ。

「どうしたんですか急に」
「………」

 巳波に言われて思い出すのはつい先日、休憩中にトウマとコンビニに行った時のこと。甘いものを買いに行ったはいいけど、今どきのコンビニってすごいんだ。美味しそうなものがたくさんある。どれを買おうか迷ったオレに、このまま一緒に居続けると目立つからって言ってトウマだけ先に戻ったんだ。待っててくれたってよかったのに。その後すぐに買い物を終えて戻ったオレは、近くの公園でトウマと話している知っている顔を見た。諸星ひなだ。ひなは今は引退したけれど、元女優で何度か仕事も一緒にしたこともあった。
 そしてそんなひなの膝には、トウマに頭を撫でられているちびっ子がいた。ああ、この子が九条天とひなの子どもか。そういえばひなの子どもは初めて見た気がするな。そう思いながらそのちびを見ると、ちびは怯えながらオレを見上げていた。じっと見ていたからか、怖らがらせちゃったかな。怯えられるとどうすればいいか分からなくなっていると、ちびと呼んだオレに「ちびじゃない!」と言って睨んできたんだ。

(やばい、名前を呼ばなきゃ、ああでも名前なんだっけ、えーっと……)

 そう思ってたら、そのまま九条天が出てきて、ŹOOĻも収録が始まる時間になって、ちびとは和解できないまま仕事に戻ってしまったんだ。


「……ちびに、怖がられたから…」

 その後結構へこんだ。小さい子どもに怖がられて怯えられるのって、なんだかすごく心が痛くなる。思い返してテンションが低くなるオレに、巳波は続けて言った。

「ああ、空くんのことですか。どうして私に言うんです?」
「だって巳波、ひなと仲良いし、会いに行っていいかって連絡してくれるかなって……」

 ŹOOĻの中では巳波が一番ひなと仲がいい。昔よくドラマで共演していたし、今でもたまに連絡取っているらしい。しかもちびにも何回か会ってて、懐かれてるようでずるいと思う。なんでちょっと腹黒な巳波が好かれてオレが怖がられるんだ。

「随分気にしてるんですね。まぁ空くんに嫌われる人なんて、聞いたことないですよ」

 そんなオレを見て巳波は手を顎に当てて笑っている。

「う、うるさいな! 嫌われてない、怖がられただけだ!」
「はいはい。まぁ私がひなさんに連絡するのは良いですが、多分九条さんの方にも言わないと難しいと思いますよ」
「えっ、九条天に言うの……?」
「前にひなさんが九条さんに連絡し忘れて八乙女さんか誰かと会った時があったようで、その時の九条さんはなかなかご立腹だったみたいですから」
「げっ」

 いや連絡忘れんなよ、と心の中でツッコミを入れつつも、だからといってオレから九条天に言うのなんて無理だ。無理に決まってるし、なんなら知られたくない。

「九条天に知られるのは嫌だから、じゃあいいや」
「……分かりました」

 九条天に知られるのはさすがに嫌だから、それなら仕方ない。ちぇっ、じゃあこの間みたいにたまたま会うのを期待するしかないのか……ってそれ確率的に厳しくないか。

(あー、もう結局オレはちびに怖がられたままかよ!)

 一体ちびに怖い人と思われなくなる日はいつになるのか。少しのもやもやを抱えながらオレは巳波にそう言って、収録を迎えた、はずだった。


「亥清悠。キミ空と仲良くなりたいんだって?」

「っ………!?」

 だけど早くも九条天に知られていた。歌番組収録後、九条天に呼び止められたんだ。
 オレは巳波にはやっぱいいと言ったのに、なんでこいつが知ってるんだ。巳波の方を振り向くと「亥清さんが素直じゃないから連絡しちゃいました」と言って笑っている。ちょっと待ってよ巳波、何してくれたんだ。

「ひなから連絡もらったんだけどさ、今日共演してるんだからボクに直接言えばよかったんじゃないの?」
「う、あ、いや……」
「まぁキミ空に嫌われてるもんね」
「嫌われてない! 怖がられてるだけだし……」

 最悪だ。九条天に知られるなんて。どう返せばいいか分からず、これ以上言葉が出ずにいると、九条天はため息をついてから、耳を疑うことを言った。


「今日家来る?」
「えっ……!?」

 なんだって、家に誘われた……!? 予想外の言葉に信じられない。

「今日楽と龍も来るから、そのついでに誘っただけ。来るの来ないのどっち」
「あ、えと……」
「そっちの年長組はまだ仕事残ってるんでしょ。棗巳波は来る?」
「ではお邪魔させて頂きます」
「はい。で、キミは?」
「お、お邪魔、します……」

 信じられないまま事が進んでしまった。この後に九条天の家に行くことになった。トウマと虎於は別の収録が入っているから、巳波と一緒に九条家に行く。
 やばい、緊張してきた。どうしよう、とりあえず巳波に聞いてちびが好きそうなおもちゃかお菓子買っていこう……。





△▼△▼


 棗さんから『亥清さんが空くんに怖がられたことをずっと気にしてるんですよ』というラビチャが来た午後のこと。この間の携帯を届けに行った日のことを思い出す。
 空は亥清くんのことを怖がっているままだし、「自分の父親のことを嫌いな人」という認識を持っているため、あんまりいい印象を抱いていない。とはいえそれには随分誤解があって、亥清くんには申し訳なかった。天くんが帰ってきたら亥清くんの話をしてみようかなぁ、なんて思ってたら天くんから電話が来た。

『もしもし。今大丈夫?』
「大丈夫だよ。どうしたの?」
『あのさ、今日楽と龍が家に来たいって言ってるんだけど平気?』

 楽さんと龍之介さんが家に来たいと言ってるそうで、その確認の内容だ。こちらとしては全然大丈夫だし、空も2人のことは大好きだ。

「うん、大丈夫。 空も喜ぶと思うし!」
『夕食は人数増えるし適当に買うから無理して作らなくていいよ』
「ううん、ある程度作っとくよ! ……あ」
『何?』
「あ、えと、さっき棗さんから連絡あって、なんか亥清くんがね、空に怖がられてること気にしてるんだって」
『………そう』
「こないだ失礼なことをしたままだったから、いつか会えたらなとか思ったけど、また天くんが帰ってきたら話すね!」
『……分かった』

 さて、またその話は後でするとして、夜ご飯の準備しなきゃ。空には楽さんと龍之介さんが来るよ、と言ったらとても喜んでいた。




「お、お邪魔します……」
「いらっしゃいー!」
「お邪魔します。今日はお招き頂いてありがとうございます」

 そしたらまさか今日家に来ることになるなんて。あの後ラビチャで天くんから棗さんと亥清くんが来ることを聞いて驚いた。

「おお、棗と亥清か」
「さっきぶりだね、2人とも」

 緊張している亥清くんと、普段通りの棗さんをリビングまで案内すると、空と遊んでいる楽さんや龍之介さんも笑って受け入れてくれる。「こんばんは」と笑って会釈する棗さんを見て、空はすぐに駆け寄って行った。

「! みー!」
「あらあら空くん。こんばんは」
「ひさしぶり!」

 棗さんはしゃがんで空を抱きしめる。棗さんは優しい雰囲気と天くんと髪色が似ているからか、空もはじめから抵抗なく懐いていた。

「久しぶりですね。元気でした?」
「げんき! みーは?」
「ふふ、私も元気でしたよ」
「よかった……あ」
「!」

 そして空は棗さんの後ろに立っている亥清くんの存在に気づいた。亥清くんは戸惑って少し悲しそうな顔をするも、空はそんな亥清くんの戸惑いは気にせずに先日のことを思い出したのか、視線を逸らして棗さんの手を引いてソファーの方に行こうとしている。

「空ちょっと……!」

 空、さすがにそれは失礼だし、よくない。
 夕食の準備を止めて空に言おうとしたその時、隣で一緒に準備してくれている天くんが先に動いて空を抱き上げた。

「こら、空。挨拶は?」
「!」
「お客さんには挨拶しようねって前に言ったでしょ?」
「う……ごめんなさい」
「ボクに言うんじゃない。誰に言うの」

 そう言って天くんは亥清くんの前に空を下ろす。

「……こんばんは」
「こ、こんばんは!」

 空は天くんの後ろに隠れながらも亥清くんを見上げて小さな声で言った。亥清くんも急に話しかけられると思わなかったのか、少し動揺しながら返している。

「亥清悠も空と目線合わせるといいよ。そうすれば少しは怖くなくなる」
「……分かった」

 亥清くんはしゃがんで空と目線を合わせる。空はきゅっと天くんのズボンを掴んではいるが、さっきよりは怖さはなくなったのか、少しだけ表情が柔らかくなっていた。

「……空くん、オレは亥清悠。こないだは、ちびって言ってごめんな」
「………」
「空くん、その……」

 一生懸命話す亥清くんの方を黙って見る空。そして空はこれまで気になっていたことを小さな声で問う。

「ぱぱ、きらい?」
「え」
「ぱぱのこと、きらいなの?」

 とはいえ昔いろいろあったからこそこの質問は亥清くんにとってはなかなか苦しいはず。亥清くんもそんなことを言われるとは思ってなかったのかびっくりした表情を浮かべた後、話しにくそうに言う。

「……嫌いじゃない」
「ほんとうに? ぱぱのことすき?」
「っ……」
「すき?」

 それを聞いた空は亥清くんの方にずいっと近寄って問い詰めている。そんな光景にソファーに座る楽さん達は笑いを堪えていて、それを見た天くんの顔がとても険しい。
 私も少しハラハラしている反面、どこか可笑しくて笑ってしまう。天くんには「何キミまで笑ってるの」とむっとした表情をされてしまった。

「ふ、普通……」
「ふつう……」
「うっ」

 そして空は眉を下げて悲しそうな顔をしている。そんな空の圧力に負けたのか、堪えきれなくなったのか分からないけども、亥清くんはとても小さな声でぼそっと言った。

「……好き」
「! ほんとう!?」
「わっ」

 私達には聞こえない声だったけれど、それを聞いた空は、これまでの亥清くんへの態度はなんだったのか、亥清くんの肩に手をまわして抱きついたのだ。

「っ……」
「ぱぱのことすき!」

 空はとても笑っていて、亥清くんも照れているのか頬を少し染めて空を抱きしめ返している。亥清くんの声は聞こえなかったけど、空が好きと言っているからそういうことなんだろう。

「くくくっ、亥清が好きだって、良かったなぁ天」
「わ、笑っちゃ失礼だろ楽……!」
「うるさい、楽も龍も笑いすぎ」
「ふふふ、動画撮って狗丸さんと御堂さんにも見てほしかったですね」
「巳波うるさい笑うな! ほんとは別に好きじゃないし……!」
「え?」
「わぁぁ、す、好き!」
「へへ〜」
「亥清悠、気持ち悪い」
「! オレだって気持ち悪い……」

 ……きっと亥清くんは空に叶わなかったんだろう。でもひとまず空と和解して仲良くなれたようで良かった。

「ではみんな揃いましたし、夕食食べましょうか!」
「え? あ、オレ達は……」
「いっしょにたべないの?」
「……いいの?」
「うん!」
「亥清くん達が大丈夫なら一緒にどうかな? 空もこう言ってるし!」
「ありがとう……」

 いつもより賑やかなリビング。夕食の準備ができたので声をかけると、みんな揃ってダイニングテーブルの方に来ては夕食を食べる。


「ってお前らもドーナツ買ってきたのか」
「はい。九条さんと空くんはここのドーナツが好きと聞いてたので」
「どーなつたくさんたべる!」
「1個だけだよ。あとは明日」
「えー……」

 そして食後には楽さん達と棗さん達が買ってきてくれたドーナツを食べ、時間が許す限り楽しい時間を過ごしたのだった。
 あ、余ったドーナツは後日九条家で美味しく頂きました。

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