▼ 彼氏は九条天似です
なんてことない平日の昼。いつも通り大学で授業を受け、昼になり食堂で友達と学食を食べていた。いつもと変わらない会話をしていたのだが……
「え、合コン?」
「うん!どう?」
突然友達から「今日合コンしない?」と言われ、学食を食べている私の手が止まった。聞き間違いだと思い聞き返すが、やはりそうでもないらしい。
「え、いや、私はちょっと」
「あれ、ひな彼氏できたの?」
まって、どうしよう。
「! い、いないけど…」
「なら行こう〜! みんな彼氏いないーズだ!」
「あ、い、いや私そういうの苦手で」
「お願い! 男女比一緒にしたいし、人数合わせだと思って来てくれない? 今度なにか奢るから!」
どうしよう、どうしよう。私は彼氏はいないと、そう言い通している。だけど本当はいる。なんで嘘をついているか。それは私の彼氏は幼なじみであり、現役アイドル活躍中のTRIGGERの九条天だからだ。友達に隠すのは少し心が痛いけど、国民的アイドルが彼氏なんて言えるわけない私は友達に黙っていたのだ。
「大丈夫。会話に困ったら私達がなんとかするってー!」
「ひな! 出会い作りも大事だって!」
違う、違うんだよぉ……!
そうは思っても言えない私はどうすればいいかわからない。だけどこれ以上断るのも彼氏いないのに、と友達に不審に思われてしまうかもしれない。
「う……わ、わかったけど、早めに帰るね……?」
「わかった! ありがとう!」
不審に思われ、彼氏がいることが知られて、万が一何かの拍子で相手が知られてしまったら天に絶対迷惑がかかってしまう。もちろん天に罪悪感は感じている。しかしその事態だけは避けたかった私は行く返事をしてしまったのだ。
「で、どういうことか説明して」
「…………」
そして場所は私の家。目の前には幼なじみの彼氏、天が立っている。天は座るよ、と言ってソファに座り、私の顔を見上げる。気まずいながら天の方を見ると、眉を吊り上げ、私のことを睨んでいた。
「っ、ごめんなさ……」
「いいから説明して」
あの後、合コンに参加することになった私は、友達の陰に隠れながら参加した。そして1次会が終わり、皆に見送られてすぐに帰ろうとした時だった。近くに車が止まり、中から出てきた人物に「ごめん、この子ボクのだから」と言われそのまま手を引かれて帰宅をしたのだ。変装していたものの、すぐに誰なのか分かった私一瞬では血の気が引いてしまった。
どうしよう、仕事終わりの天に見られてしまっていたなんて。何もやましいことはなかった。本当に何事もなかったし、人数合わせ枠として行ったのだ。けど、それでも行ってしまった自分が悪い。分かってはいるが、このピリピリした空気の中で上手く話せる気がせず、なかなか声が出せない。
「早く言って」
「っ……」
早く言え、とこれ以上にないくらい圧をかけられているのが分かる。だけどなかなか話し出せない私を見て、天は私の手を引き、ソファの隣へと引き寄せた。
「ねぇ、そもそもひなはボクになんて連絡したっけ?」
「、友達とご飯に行くって……」
「男がいる場合は言って、って前に言ったよね? なのにその連絡もないし。だいたい何あれ。男もいて、合コン?」
「いっ……」
静かに、少し早口で、苛立ちを含んだ声色で話す天。手首を掴む手が強くなり、痛くて思わず声が出てしまった。けどこうさせているのは私なんだ。このままじゃだめだ。言わないと、誤解をさせたままになってしまう。ちゃんと言わなきゃ……そう思って私は口を開く。
「っ、ごめんなさい……友達に、数合わせでって言われて、断ろうとしたんだけど、彼氏がいるって言えてなくて……」
「不審がられて彼氏いること知られて……天はアイドルなのに、知られたらって思ったら断りきれなくて……っ」
「でも合コンなんて天に言えなくて……っ、ごめんなさっ……」
「………」
話していくうちに自然と視界が潤んで、目頭が熱くなってしまう。そんな自分が情けなくて仕方ない。きちんと断れなかった自分も、上手く話せない自分も、自分のせいなのに泣いている自分も。何を言っても天にとっては言い訳でしかないのに。
天への罪悪感か、自分の涙を隠したいのか、はたまた両方か、私は俯くことしかできずに沈黙が続く。すると天は私を掴んでいる手を緩め、そのまま自分の方へ引き寄せた。
「……てた」
「……?」
そして天の手は私の背中へとまわされ、私は天の胸板に埋められた。天は静かに話し出す。
「女の子が、「今日は付き合わせてごめんね」って言ってるの聞こえたから、ひなが自分から行ったわけじゃないとは思ってた」
「、あ……」
確かに帰宅際に見送ってくれた友達はそう言った。それを天は聞いていたというのか。
「……でもいい気分するわけないよね。自分の彼女が合コンに行くなんて」
「う……」
「だいたいさ、友達に彼氏がいることなんで言ってないの?」
天は抱き寄せていた私を離す。そして再び声色を強くし、不愉快そうな表情をしながら私の目を見て問うた。
「……彼氏いるって知られたら、いろいろ聞かれると思って」
「ふーん」
天は面白くなさそうに答えたが、その後すぐ私の首元に顔を埋める。
「!て、ん……!?」
首元に生あたたかく、柔らかい感触のものが這われる。突然のことに思わず声を上げてしまった。それが天の舌であることは容易に分かったと同時に、それがすぐに吸い付きに変わった。首元にピリッとした軽い痛みが走ったのを感じる。そしてちゅぅぅぅ、と何度も吸い付き音が静かな部屋に響いた。
「天……!」
「っは、これで彼氏いないなんて言えないよね」
「ん……っ」
天は私の首元から離れ、ニヤリと口元に弧を描いて首元をなぞった。ああ、きっとそこにはキスマークがあるんだろう。天に触れられた首元は思った以上に敏感で、なぞられただけでぞわっとし、声が漏れてしまった。その反応を見て天はくすっと笑いながら私の涙を指の間接で拭う。
「いい? ちゃんと友達には彼氏いるって言って。ひとまず今は九条天だってこと知られなければいいんだから」
「うん……」
「あぁ、でも黙って勝手に合コンに行ったんだからお仕置きが必要だよね」
「え、んっ」
そう言った天は私に何かを言う隙も与えず、口を半開きにして私に近づき、そのまま私に口付けをする。
「んん……」
食いつくようにキスされた後、ゆっくりと舌に口内をなぞられ、深いキスへと変わっていった。
「……ひな、こっち来て」
「っ……う、ん」
唇が離され、頬を赤らめながら熱のこもった目で私を見る天。その姿にどきどきと心臓を高めながら、天に身を任せてベッドへと移動した。
翌日、1次会後に突然やってきた九条天に似ている謎の人物と、化粧では隠しきれなかった首元の跡について友達にたくさん聞かれてしまった。九条天に似ている、喧嘩中な彼氏がいたーーという設定で友達に話したのであった。
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