i7短編 | ナノ

▼ 嘘つき占い師

 それはスタジオ内を歩いている時だった。


「おっ、諸星ちゃん!」


 ツクモプロダクション所属の若手俳優さんに声をかけられたのである。

「お疲れ様です」
「お疲れ〜。ねーこのあと飯でもどう?」
「お誘いありがとうございます。ですがこのあとも仕事が残ってまして」
「嘘! もう終わったって言ってるの聞こえたよー? こないだもそう言って断ったじゃん、なんで? 彼氏いないでしょ?」
「…………」

 この俳優さんは容姿は整っているのにこの会話をしただけでわかる、俗に言うチャラチャラした人である。この人は相手がいない女性をよく誘う、という業界の一部では有名な話だった。
 毎回断り、毎回のことながら「彼氏いないでしょ?」という言葉。彼氏いないからって誰でもついて行くわけじゃないのを、いい加減分かってほしい。

「……御遠慮させて頂きます」

 面倒くさいな、と思いながら社交辞令の意味を含む会釈をし、彼に返す。

「そんな固いこと言わないでよー。知ってるよ? 諸星ちゃん好きな人がいるんだって? 俺が相談に乗ってあげるからさ〜」
「……!」

 私は驚いて目を見開く力が強くなってしまった。誰だそんなことを言ったのは。

「ねー、だからさ、どう?」

 そんな私の肩に手を回し、なかなか引き下がってくれない俳優さん。口元、目元は笑っているけれど、なんとなく何か企んでいそうなその表情に身体が拒んだ。そんな時だった。


「随分楽しそうなお話ですね。私も混ぜてくれませんか?」


 前方から棗さんが口元に手を当てて、満面の笑みを浮かべ、どことなく背後に怖いオーラをまとってこちらへやって来たのだ。俳優さんの陰に隠れてて、いたことに気づかなかったや。


「ひっ、棗さん……!」
「お疲れ様です。それで? 何の話をしてたんですか?」
「い、いえ! 何もしてません! お疲れ様でした!」

 棗さんの存在にまるで怯えるかのようなその人は、棗さんが近寄るとそのまま去るようにどこかへと行ってしまった。私が何を言っても離れてくれなかったのに。棗さんはすごいな、さすが芸能界の先輩だ、と関心していると棗さんは変わらず笑みを浮かべたまま私を見て言う。


「で、お食事に誘われて何の話をしてたんです?」
「えっ」
「なんでも気になる人がいるとか」
「!」

 ドクッと心臓が鳴る。そんなことを聞かれ、私は棗さんの顔が見れずに目をキョドらせた後、視線は床に行ってしまう。

「え、えっと……」
「……へえ、その反応はいらっしゃるんですね」
「い、いえ、いませんよ? さっきのは、その、あの方が言ってただけです!」
「そんな挙動不審に言われても説得力ありませんけど」
「ほ、ほんとですから……!」
「………」

 何とか否定するが、一気に顔が熱くなる、目も見れない、否定するにも首を振りまくる挙動不審な私は、言っている嘘だってことがバレバレなようだ。
 そして続く沈黙の中、棗さんに怪訝そうに見られている空気を感じた。

 そんな風に私を見ないでほしい。知られたくないに決まってる。
 私が気になっている相手は、今目の前にいる棗さんなのだから。


「相手は誰です? 良ければ私が相談に乗りますよ」
「! ですから、いないんですって……」

 そんな中聞き出そうとする棗さんを止めるため、ようやく彼の顔を見上げると、今の棗さんの表情は真顔だけどどこか不機嫌そうだ。
 さっきまでの笑顔はどこに行ったのか、そう思った刹那、再び棗さんはニコッと、目が笑っていない笑みを浮かべた。


「……そうですか。なら私が占って差し上げましょう」
「え、なんて……」

 その言葉に私は額に汗が垂れるのが分かった。
 ……なんだって、占い? 棗さんは占いが得意だ。それも結構当たる。何、相手が誰なのかも占えるって言うのか。とはいえそれは絶対されてはいけない。占いで私の好きな人が誰かなんて知られたくないし、その相手なら尚更だ。

「棗さん! 占いなんてしなくて大丈夫ですから! やめてください!」
「いいじゃないですか。占われるのが嫌なら教えてください」
「っ、それは……!」
「……ああ、でももう終わりましたよ」
「え……」

 必死に止めたのに棗さんからは既に終わったとの言葉。私は動きが止まってしまう。どうしよう、占われてしまった。つまり棗さんのことが好きだとバレてしまうっていうのか。
 私はバクバクと鳴る心臓と垂れる汗に耐えながら棗さんを見ると、彼は眉間に皺を寄せてボソりと何かを呟いた。


「……面白くない…」
「え?」

 棗さんが何を言ったのかは聞こえなかった。でも快か不快なら間違いなく不快な表情をしていることだけは分かる程だったが、すぐにまた目を細めて「なんでもないですよ」と、クスッと笑みを浮かべて言ったのだ。


「申し上げにくいのですが、貴方の好きな方は他に気になる方がいるようです」

「っ!」


 その言葉を聞いて、心臓に何かが刺さったようにズキっと心が痛んだ。衝撃を受け、眉に力も入ってしまう。


「お相手まで分からなかったのですが……もし良ければ相談にでも乗りますよ」


 その笑顔に動揺、悲しみ、怒りといろいろな感情が込み上げてきた。
 自分の想い人に、告白もしてないのに笑顔で他に好きな人がいる、そんな傷心する私の相談に乗るだなんて。棗さんはなんて残酷なことをするんだろう。私は涙ぐみそうになるのを堪えるように、唇を噛み締める。


「……っ、結構です! 失礼します!」


 これ以上棗さんの前にいたくない。
 その感情が強く出た私は、声を上げて棗さんに背を向けた。「諸星さん」、と戸惑いながら私を呼ぶ声を無視して、涙を目元で拭いながら早歩きでその場を去ったのだ。







 それから1週間近く経った頃だった。撮影スタジオ内を歩いていると、棗さんとばったり会ってしまった。あれから何回かこうやって会ってしまうことはあったけどやっぱり気まずい。でも何も言わないのはもっと気まずい。
 そう思って目を伏せながら挨拶をすると、突然手首を掴まれる。そのまま棗さんの名前が書いてある楽屋に連れ込まれたのだ。


「……、棗さん何を」

 中に入ると手首は離してくれた。掴まれた手首はそんなに痛くはない。だけど楽屋へと連れ込まれる突然な行動に驚いて、背を向けている彼のクリーム色の髪の毛を見上げた。

「……手荒な真似をしてすみません。ですが気になることがありまして」

 小さな声、だけど楽屋内では十分聞こえる声で話す棗さんはこちらを振り向いた。


「なぜ最近私を避けてるんですか?」

 振り向いた棗さんと視線が合う。真剣な棗さんの目を見れず、私は思わず目を逸らしてしまった。

「別に、避けてなんか」
「最近会ってもよそよそしい挨拶しかしてくれなかったですよね」
「……それはその、急いでたんです」
「、へえ」

 顔は見えないからどんな表情をしているかは分からない。だけど少し早口で話す棗さんはいつもより声のトーンが低く感じた。
 なんとか何事もないように答える私だけど、きっと鋭い棗さんにはそれが嘘なこともお見通しなんだろう。棗さんは1回言葉を詰まらせた後、私の腕を引いた。

「ではなぜ、今も目を見てくれないんですか」
「っ……」

ぐいっと腕を引かれ、私は棗さんに1歩近づいた。その反動で私は思わず棗さんを見上げる。
 棗さんは険しく、だけどどこか憂いのある表情をしている。そんな彼の姿に心臓がきゅっと苦しくなると同時に、視線が合ったことでなんだか泣きそうになり、また視線を逸らしてしまった。

 なぜ、どうしてそんな顔をするんだろう。棗さんには好きな人がいるのに、どうしてそんな顔ーー…。
 ぐっと堪えていると、棗さんは静かに話し出す。


「……私があのような占いをしたからですか」

 占い、その言葉を聞いて私はズキっと心が痛む。
 その通りだったからだ。自分の想い人にあんなこと言われ、平常心で棗さんに関われるわけない。というか関われるわけがない。
 そもそも告白する気なんてなかったし、気持ちを知られたくなかったのに。なのにあんな形で断られて、ましてや笑顔で慰めるだのなんだのと、なんて酷いのだろう。
ああ、だめだ。考えてたら感情が込み上がってきてしまった。


「……分かってるなら、ほっといてください」

 目頭が少しだけ熱い。言葉が止まらない。私は呟くように言った後、棗さんを睨むように見上げた。そんな棗さんも片目をピクつかせながら不愉快そうに私を見る。


「本当に面白くない。なんです? 占われたからってそんなに私に怒ることないじゃないですか」
「、なんで……! 私にとっては、大事なことだったのに……!」
「それなら占い結果など関係なしにお相手のところにでも行けばいいでしょう。それで避けられる私の身になってください」
「な……!」

 なんでこんなに言われなきゃいけないのだろう。
 自分の身になれ、だなんてこっちの台詞なのに。その言葉に我慢していたものが抑えられなくなった私は声を荒らげて言ってしまった。


「棗さんこそ、他に好きな人がいるなら私になんて構わないでください! その人のところに行けばいいじゃないですか!」

「……はい?」


 言ってしまった。本当は言うつもりなかったのに。棗さんにこんなに言われて自分に制止が効かなくなってしまった。込み上げたと同時に、目尻から頬を伝って涙が零れ落ちてしまう。
 きょとん、と目を丸くして棗さんは掴んでいる私の腕を離す。そのうちすぐに鋭い棗さんはきっとこの意味が分かってしまうだろう。そして振られるんだ。と思いながら私は下を向いては涙を手で拭い取った。

「……何を…」
「、棗さんが自分で言ったんじゃないですか……! 私の好きな人は、好きな人がいるって! 言わせないでくださいよ!」

 ここまで言わせる棗さんは酷いと思いながら、拍子抜けな声を出す棗さんに私は構わずに話し続けた。

「………すみません」
「謝らないでください……。余計に惨めになりますから」
「いえ、」
「!?」

 その瞬間、クリーム色のふわっとした髪の毛が頬に当たり、背中に手が回されたのだ。

「な、棗さん! 何して……!」
「すみません、嘘をついてました。あの占いは……嘘なんです」
「、はい……?」

 突然抱きしめられたと思えば、耳元で言いにくそうに小さく話す棗さん。
 抱きしめられたことにもびっくりなのに、嘘だったなんて。私は目を丸くして変な声を出してしまった。そんな私に更に驚きの追い打ちをかけるように言う。


「……貴方の好きな人は、貴方のことが好きなようですよ」

「、へ」
「これが先日の占いの本当の結果です」

 言われたことに頭が追いつかなかっあ。何、一体どういうことだ。あの占いは嘘で、というか真逆だ。
 あれ、ということは私の好きな棗さんは、私のことを……?

「な、なんでそんなこと…」

 変わらずに頭は追いつかず、パニックになる私。そんな私の肩を掴んでは離れて対面を向き、気まずそうに眉を下げて話した。


「……貴方のことを好きな私が、貴方がどこの誰か分からない相手と両思いだと知って嘘をついてしまいました」

「! い、今好きって……」

 やっと頭と体の状況が追いついてきた私は棗さんの言葉に一気に熱くなった。つまり棗さんは、占いで両思いという結果を見て、だけど対象が自分じゃないから嘘をついて……。それってつまり、一種の嫉妬ではないだろうか。
 そう考えると更に顔に熱が走るのを感じる。そんな私を見ては棗さんはクスッと笑い、右手を私の頬に当てた。


「ええ。諸星さん、私は貴方が好きです」
「!」
「嘘をついてすみませんでした。……ところで諸星さんの好きな人、教えて頂けますか?」
「っ、今言ったくせに……!」

 わざとらしく頬を撫でながら問う棗さんに私は顔が熱くなる。「貴方の口から聞きたいんです」と笑う棗さんを睨むように見つめ、そしてそのままの勢いで背中に手を伸ばしては自分の方に引き寄せる。


「!」
「棗さんのことが、好きですよ……!」


 背中に回した手が自然にぎゅっと強くなる。
 棗さんはそんな私の行動に一瞬驚くも、私の背中に優しく手を回してくれたんだ。

 後ほど聞いた話、どうやら棗さんが私のことを好いている、ということは芸能界の中で有名な話だったようだ。なるほど、だからあの時以降、ツクモの俳優さんは話しかけてこなくなったのか。


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