百中編 | ナノ
03 

 夜まで続いた仕事がようやく終わり、私はすぐさまに携帯を確認する。しかし求めている相手からの連絡は何も入っていない。


「百……?」

 百、どうしたの、どこにいるの。なんで連絡ないの。

 連絡がないだけでこんな風に思うなんて、面倒くさい女だなと思われるかもしれない。もちろんいつもならこんなには思わない。けれど近頃の、いや、今日の状況からどうしても気になってしまっているのだ。


「……とりあえず千さんに聞いてみようかな」

 そんな私は昼に相談したこともあり、千さんに百から何か連絡あったかを聞いてみた。千さんからはすぐにラビチャの返事が来た。


『僕にも来てない。けど今生放送でŹOOĻが出てたから、ちょっと行ってくる』
『え、行くってŹOOĻのとこにですか? 私も連れてって下さい!』
『もう向かってる。何か分かったらまた連絡するね』

「そんな……」

 百はŹOOĻのトウマくんと用事がある、と言ってから連絡がつかなくなっている。つまり千さんはトウマくんのいる場所に行っているということなのだろう。
 ŹOOĻがどこのスタジオなのかか分からない以上、私も連れて行ってほしかったのに。千さんに任せろということか。私は何もできないのか。

 私は百に送った既読になっていないラビチャの画面を開きながら携帯を握りしめる。


「…………」

 やっぱり嫌な予感がする。なんだろう、百に何かが起きているような、そんな予感が。

 百がどこにいるかは分からないし、どうすればいいのかは分からない。だけどその中でも今私にできることをしよう、そう考えた私は百の家へと向かったんだ。



△▼



 ŹOOĻの撮影スタジオに行った僕はトウマくんから話を聞けた。聞けば月雲了がIDOLiSH7とTRIGGERを潰そうとし、その内容を教えてくれたトウマくんだったが、それを月雲了に見られたと。それをモモは自分が脅したなどと言って自分だけが犠牲になったわけだ。やっぱりモモは無理をした。ふざけるな。

……それに

「結芽にも心配かけすぎだよ……」

 月雲はアイドルに固執があり、今現状ツクモはアイドル界の権力を握ろうと人気アイドルを陥れている。それはツクモと仲良くしている百が教えてくれた。だからツクモと関わりを持っている僕達がなんとかしよう、そうモモと決めたのだ。
 しかしモモにはツクモと関わる上でひとつ気になることがあった。結芽の存在だ。結芽と付き合っていることは世の中に公表していないし、芸能界で知っているのも一部だ。そんな中、月雲がモモと結芽が付き合っていることを知ったら? 何かされてしまうのではないか?
 そのため、モモはツクモと関わる上で常に機転を利かせ、結芽には何も触れられないようにしていたし、結芽へも極力ツクモと関わらせないようにした。だから結芽から何か言われても、わざと話を深くしないようにしていたのに。

 こんなに心配かけてたら意味がないし、僕だってどうしようもできないよ。


「モモ……無事でいてくれ……」


 トウマくんからモモがいるであろう場所を聞いた僕は、モモの家へと全力で向かったのだ。



△▼


 百の家の最寄りまで来た私は大徳さんにに車から降ろしてもらった。だいぶ遅い時間になっているからか人通りも少ない。コンビニや住宅街の電気が街を照らしている中、私の足取りは百の家へと向かっていた。

「!」

 向かっている途中だった。視界の曲がり角で電話をしている見覚えのある人物がいたのだ。私はすぐさまその人物を目がけて駆け寄る。


「え? モモ寝ちゃったの? じゃ、そのままベランダから落とし」

「……どういうことですか」


 スーツを着たその人物は、ツクモプロダクション社長、月雲了さんだった。そして会話から出てきた百の名前。百は彼に何かされているとすぐに悟った私は月雲さんに声をかけていた。


「突然すみません、岡崎事務所のモデルをしています本郷結芽と申します。すみません、百は…」
「あー! 知ってるよ! モモの彼女だ! ちょっとこっちで話そうか。で、どうしたの?」

 月雲さんは私を見て一瞬目を見開いた後、耳元から携帯電話を下げる。あまり目立たない場所へと移動し、ニヤリと不気味に笑いながら私に問いかける。
 私のことを知っていたのか、とか百と付き合っていることを知られていたのかと疑問に思ったけれど、そんなこと今はどうでもいい。


「あの、電話で百の名前言ってましたよね? 百はどこにいるんですか? 百に何したんですか!? ベランダって…」
「質問が多いなあ。百は死んだよ」

「……え?」

 百が、死んだ……?

 今、一体何が起きているのか。百はどうしているのか。それが知りたい、そう思って聞いた矢先、月雲さんは信じられないことを言ったのだ。


「あはは! すっごい顔してるけど大丈夫ー? モモはね、自分の部屋でお酒に酔っ払ってベランダから落ちたんだよ!」

「、な……」


 目を細め、声を弾ませて笑いながら言う月雲さんに本来なら怒りを感じるはずだが、それを通り越して今は頭が真っ白だ。この人は何を言っているんだろう、意味がわからない。

 少しの間呆然と立ちすくんでいた私を見て、月雲さんはまだ繋がっていた携帯電話に「やっぱちょっと待ってて」と楽しそうに言っている。
 そうだ、今さっき月雲さんは電話の相手に百が寝たからベランダになんとかと言っていた。つまり百は何かはされているけど死んではいない。

 一体百に何が起きているのか。ŹOOĻのトウマくんと用事があると言って、なんでこんなことになっているんだ。
 月雲さんの電話が終わったら聞こう、そう決めて月雲さんを睨むように見ると彼は電話を切った。そして私が話し始める前に月雲さんは口角を上げて話し出した。

「ねえ結芽。モモは今自宅で酒に酔って寝ているよ。君の返答次第でモモは死ぬ。僕の友達がベランダから落とすよ」
「……っ、」

「モモを助けたいなら、僕と取引だ」

 月雲さんに言われた言葉。つまり、これは脅迫。
 月雲さんの思い通りの答えを言わないと、百は助からないと脅されているのだ。何を言われるのだろうと身構えると、言われた内容は信じられないものだった。


「そうだなぁ、内容は……他の男に抱かれろ」

「な……」


言われた言葉に私は耳を疑った。他の男に、抱かれろ……?
この人は何を言っているのだ。そんなことできるわけない。絶句している私を追い込むように月雲さんは話を続けた。


「どうしたのー。簡単でしょ? モモも死なないし結芽も死なないんだよ」
「っ、」
「あ、スキャンダルの心配してる? 大丈夫、僕は今気分がいいから抱かれるだけでいいよ〜。脅しのネタとかにする気は一切ない」
「いえ」
「あぁ、大丈夫! 相手なら心配しないで平気だよ。僕が作ったグループのイケメンにしよう」
「そういう問題じゃないです! だいたい百があなたに何をしたんですか、なんでこんな……」
「当然だよ、モモは約束を破って僕を裏切った。アイドルはこうやってすぐに裏切るんだから。だから僕はアイドルを壊そうとしてるのにモモは邪魔するしさぁ!」

 私が聞くと、月雲さんは弾んだ声から一変し、声色は力強いものに変わる。交友関係を築いていたはずなのに、一体ツクモと百に何があったのか。約束も裏切りも私には何のことかは分からない。百は一切ツクモのことを話さなかったからだ。

 分かったことがあるとしたら、月雲さんは百を恨んでいるということだ。


「……ま、別に嫌ならいいんだよ。僕がする電話1本でモモは死ぬことになるけどね」
「! 待ってください!」

「モモ以外に抱かれたくない〜ってことでしょ? 僕はいいけどモモが死ぬのとどっちがいいかなんて分かると思うんだけどなぁ」
「っ!!」


 携帯を構える月雲さんは私を横目に見て言った。目が合い、怖気付いてしまう。

 嫌だ。足と手が震える。脳が、身体が怖いと言っている。
 そうだよ。嫌だ、嫌に決まっている。百以外の人に抱かれるなんて。
 でもーー…


「……そしたら、百にもう何もしませんか」


 百の命には替えられない。替えられるわけがない……。


「うん、いいよ! モモにはもう何もしないって約束しよう」
「……百にも、言わないでくれますか」
「えぇ〜うーん、まぁいいよ僕からは何も言わない」

「っ……わ、かりました…」


 私は肯定の返事をしてしまった。
 足が震えて視界が滲むし、声も震えているのが分かる。けどこの人の前では絶対に泣かない。
 指定された日時は明日の夜。夕方まで撮影だったため、その後に、とのことだった。

 明日千さんの家でMOP鑑賞できないなぁ……と思ったけれど、それも一瞬で、それ以上何も考えることができなかった。月雲さんと解散した私は、無気力に足が重い中、とぼとぼと歩くことしか出来なかったんだ。







△▼△


「おい! 社長から連絡来て、撤退しろって!」
「え、ここまでしたのにいいのかよ?」
「知らん! けど社長すごく楽しそうだったからいいだろ。お前ら感謝しろよ!」


 了さんを怒らせたオレは危うく死にかけてしまい、手下であるこの男達に安酒を飲まされてベランダから落とされそうになっていた。
 しかもユキまで家に来て、ユキにも何かしようとしていたものだからどうしようと思っていた時だった。この手下達が突然にオレの家から出てった。撤退の指示が入ったらしい。

 楽しそうに撤退の指示を出したってところが引っかかったが、ひとまずは助かった。


「あ、ぶなかったぁ……」

「モモの馬鹿! また無理をしたじゃないか! なんでまず僕を追い返そうとした!?」
「ユキを巻き込めるわけないだろ!?」

 ユキを巻き込みたくないオレはインターホンが鳴った際に追い返そうとした。巻き込みたくなかったから。だけどそれをユキに怒られてしまう。


「それに……結芽も相当心配していた。彼女には何も言わないのか?」
「……うん、巻き込みたくない。けど了さんオレと結芽が付き合ってること知ってたんだよな…」
「それは部屋に飾ってある写真を見たからじゃなくて?」
「違う、既に知ってたんだ……。結芽は?」

 そう、何故か了さんは既にオレと結芽が付き合ってることを知っていた。オレに怒った了さんに「君の彼女どうなってもいいの?」なんて言われたが、結芽は関係ないと全力で訴えた。絶対にそんなことはさせない。だから何も抵抗せず酒を飲まされ続けたが、これでよかったんだ。


「撮影終わった時に連絡したけど、僕が勝手に出てきちゃったし、家に帰ったと思うよ。ちゃんと連絡してあげて。とても不安がってたから」
「分かってる! 後で電話する!」

 そうだよな、朝から変に不安がらせちゃったからな。
ラビチャも来てるし、電話も来てた。ラビチャはすぐに返し、後でちゃんと電話しよう。

「百くん! 千くん! 無事ですか!?」
「おかりん!」
「あぁ、2人とも無事でよかった…! うわぁ、部屋が荒れてる! もう、2人とも! 危ないことに巻き込まれそうになったらちゃんと事務所を通してください!! いいですね!?」


 その後、おかりんもオレの部屋に来てくれた。相当怒られてしまったけど。2人は荒れた部屋の片付けを手伝ってくれて、その後は解散となった。
 解散後、オレはすぐに結芽に電話したけれど繋がらなかった。そもそもラビチャも既読になっていなかったし、寝ちゃったのかな。

 声が聞きたかったけど仕方ない。明日ユキの家で会う前に少しでも会えたらいいな……と思いながら眠りについた。


 オレはもっと考えるべきだった。何故オレに怒っていた了さんが楽しそうに撤退の指示を出したのかを。


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