百中編 | ナノ
02 

「ふぅ……」

 いろいろ考えてしまっていたけれど、仕事は仕事だ。大丈夫、きっと気のせい、と気を取り直して無事撮影場所に着いた私は今は楽屋で待機していた。
 そのとき机の上にある携帯電話のバイブ音が鳴った。ラビチャの通知が見え、開くと百からのラビチャだ。


『結芽〜! バタバタしちゃって楽屋着いたのに連絡できなかった><
やっと休憩。結芽も頑張ってね!』

 メッセージと共に照れてるうさぎのスタンプが送られていた。いろいろ考えてしまったし、暗い気持ちになっていたけれど、百からのラビチャでなんだかほっとした。

『お疲れ様! 大丈夫だよありがとう(^O^)
私は今から撮影だ〜><』
『ちょうど今からだったんだ! 時間あるなら結芽の写真送ってくれてもいいんだよ?』
『うぅ、そういうの私恥ずかしいこと知ってるくせに…』

 と言いつつ送ろうとする私はきっと百に甘いんだよな、と思う。携帯のカメラを構え、自分の顔がある程度隠れた状態で自撮りをして百に送ったのだ。


『可愛い!! 綺麗!! モモちゃん元気出た!!』

「結芽さん、そろそろ撮影始まりますよ」
「あ、はい! 行きます!」

『ちょっと照れちゃうけど、モモがそう言ってくれるのは嬉しい!笑
じゃあそろそろ始まるから行ってくるね!』

 撮影が始まるとのことでマネージャーの大徳さんに呼ばれた私は急いで百に返事をし、一旦切り上げた。





△▼


「んんん、結芽が可愛すぎる〜!!」


 休憩時間になったオレは楽屋に戻っていた。結芽に入り前にラビチャできなかったから、休憩入ってすぐに送った。そしたらタイミングが良く、結芽からすぐ返信が来てモモちゃんハッピー!
 ユキが「またか……」みたいな顔してオレを見てるけど、オレが惚気けるのはいつものことじゃん!

「モモ暴れすぎ」
「だって結芽が可愛すぎるのが悪い。今日は着物着て撮影なんだって! ユキにも特別に見せちゃう! 可愛すぎない?」
「うん、可愛い」
「でしょー!?」

 本当はユキに見せるのも惜しいけど、オレの高ぶったこの気持ちを誰かに伝えたく、ユキに結芽の写真を見せる。恥ずかしそうにしながら、少しだけ顔が写っている着物を着た結芽。
……うん、可愛い。いや綺麗。いや可愛すぎる!

 そんな時だ。ピロリン、と結芽からではないラビチャの通知音が鳴った。


「あれ、トウマからだ」
「ŹOOĻの?」

 相手を確認すると、後輩のŹOOĻの狗丸トウマからだった。普段あまりやりとりしない相手で少し驚いた。珍しい、どうしたんだろうか。ユキも考えたことは同じらしく、眉をひそめてこっちを見ている。 オレはすぐに内容を確認した。

「明日のMOPのことで急いで話したいことがあるって」
「……月雲のことじゃない?」

 ŹOOĻはツクモプロダクションの所属の了さんが直接プロデュースしたアイドルグループだ。おそらくユキの言った通りで、了さんのことが関係している気がしたオレは一瞬考えた後、即決する。

「うーん、ユキ夜まで仕事だよね? オレこの収録終わったら行ってくるよ」
「一人で大丈夫?」
「大丈夫! トウマはいい子だし、了さんのことで困ってるかもしれないから話聞いてくるよ。何かあったら連絡する」

 おそらく了さんが関わっている、そう考えたオレは今日の収録が終わり次第トウマに会うことに決めた。ŹOOĻがMOP辞退したのも気になるし、ついでに一緒に聞こう。それもユキに伝えるが、ユキは少しだけ不安げにオレを見ているのがわかる。


「……わかった。けどお願いだから無理はしないで。お前に何かあったら嫌だ」
「! ……あはは、ちゃんと連絡するし大丈夫だって!」

 そう言ったユキが、今朝「無理しないで」と言った結芽の姿と重なった。
……全く結芽もユキも2人して不安げにオレを見るんだから。結芽は前ぶりもなく突然今朝言ってきたからびっくりしたよ。

 結芽が心配することは何ひとつない。
 オレとユキで、いや、オレがなんとかする。

 結芽のことはもちろん、ユキにだって手は出させない。絶対に、オレが守る。了さんの好きにはさせない。


「百くん! 千くん! 休憩終わったので戻ってきてください!」
「「はーい」」

 そう思ったと同時に、おかりんの呼ぶ声が聞こえた。それを合図にオレ達は現場に戻ったのだ。




△▼


コンコン

「誰?」
「お疲れ様です、結芽です」
「結芽か、入っておいで」

 無事撮影が終わり、次の撮影まで少しだけ時間が空いた私は頃合いを見てRe:valeの楽屋に着き、ドアをノックする。扉を開けてくれたのは千さんだ。千さんに明日の確認をするため楽屋にお邪魔したのだが、きょろきょろと無意識に百の姿を探してしまう。


「くすっ……百なら今さっき帰ったよ」

 そんな私の姿を見て、千さんは笑いながら答えた。なんだか少し恥ずかしい。

「あれ、もう帰ったんですね。用事でもあったのかな」
「ŹOOĻのトウマくんと用事が入ったみたい」
「……ŹOOĻ…」

 ŹOOĻと聞いて少し引っかかった。ŹOOĻといえばツクモのアイドルグループだし、百が急にツクモの人と何かをする、という話はあまり聞いたことがなかったからだ。これまで前もって教えてくれていた気がするし、今朝も何も言っていなかったから余計に気になってしまった。
 それも含めてか、今になってなんとなく感じた今朝の不安さが自分の中で増していくのが分かる。もちろんアイドルの先輩後輩としての用事やお話なのかもしれないが、どことなくそうは思えない自分がいた。


「モモが心配?」
「……はい、なんでか今日は朝から百のことが心配なんです」

 千さんからの問いに、私は我慢できずにずっと感じていた不安さを話した。これまでに感じたツクモとの関わりも含め、今日の自分がおかしいくらい気になってしまうことも話すと千さんは黙って聞いてくれている。


「……大丈夫、結芽の嫌がることをモモはしないし、今日も用が終わったら連絡するって言ってたよ」
「だといいんですが……」

 それを聞き、完全には腑に落ちなかったが、話を聞いてもらったからか少し気が和らいだ気がした。感謝の気持ちを込めてお礼を言うと、先程までの重ためな空気はもうなく、千さんは口元を柔げながら話を続ける。


「それに、結芽の写真見てニヤニヤしながら暴れてたくらいだからモモは大丈夫だと思う」

「あ、暴れ?」
「うん、ソファの上でうさぎみたいに跳ねて暴れてた」
「ええ……」

「あと着物姿似合ってたよ」
「! 千さんも見たんですか!?」
「うん」
「ええええ! 恥ずかしい…!」

 千さんの話は止まらず、暴れる百が容易に想像できて苦笑いしたり、写真を見られた恥ずかしさだったりできっと私の顔は変わりまくっていただろう。そんなコロコロ変わる私の表情を見て千さんは安心したように笑った。


「結芽が元気になってよかった。明日はモモと来る?」
「あ、明日…!」

 ああ、そうだ。千さんに言われて思い出した。
 明日のMOP鑑賞のことを聞きに楽屋にお邪魔したのに、百のことでいっぱいで聞くのを忘れそうになっていた。

「MOPを千さんの家で観るんですよね。私が行って平気なんですか?」
「むしろ来ないの? てっきり来るものだと思ってたけど」
「わ、もし良ければお邪魔したいです! 明日は夕方まで撮影がまた入ってるので、百とは別になると思います……!」
「うん、分かった。そしたら仕事終わって連絡くれれば迎えに行くよ。まあモモが行くと思うけど」
「わかりました!」

 千さんからも誘ってもらえてもらえたこと、話を聞いてもらったことも含め、千さんに改めてお礼を言う。そして私達はそれぞれ仕事がまだあったため、挨拶をして再び私は自分の楽屋に戻った。楽屋から出る際も、千さんは「モモは大丈夫だからね。僕達が仕事終わる頃には連絡来てるよ」と私を安心させるように言ってくれたんだ。


 ……うん、千さんも言うんだから大丈夫なんだろう。
 気にしすぎたって仕方ない。明日みんなで一緒にいれることを楽しみに頑張ろう……そう思って私は残りの撮影に励んだのだ。





 ーーーしかし私は何も知らなかった。
 知らないからこそ、千さんも気を使ってくれていた。その事実すら気付けなかった自分を呪うことになる。


 撮影が終わって携帯を確認しても、百からの連絡は来ていなかったんだ。

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