百中編 | ナノ
08 

 とあるスタジオの楽屋にて、もうすぐ始まる生放送会見の準備をしていた。コンコンとノック音と共に、恋人の元気な声が聞こえる。

「結芽ー!準備終わった?」
「お、終わった……!」
「入るね」

 ガチャっと楽屋の扉を開け、百は中に入ってくる。私はというと準備は終わっているけどあたふたとしていて、お世辞にも落ち着いているとは言えなかった。そんな私を見て百は吹き出すように笑い出した。

「結芽表情固すぎ。緊張してるんでしょ」
「うぅ、だって……」
「そんな子は、ほっぺ伸ばしてやるーっ」
「ひ、引っ張らないでー!」

 八重歯を出し、いたずらっ子のような表情をして百はむにっと私の頬を引っ張る。もちろんその力は痛くなく、優しいものである。なぜそんなにされるまで緊張しているのか、それはこの後に行う会見のせいなのだ。

「……百は緊張しないの?」
「うーん。しないと言えば嘘になるけど」

 百はそう言って頬をつまむ動作を止める。そして頬を包むように触れては目を閉じて私の唇にちゅ、とリップ音を立ててキスを落とした。


「でもこれから隠す必要がなくなるのは嬉しいし、世界中のみんなにさ、大好きな結芽が隣にいて真剣に愛し合ってます! って言える方が嬉しいかな」

「……!」


 頬を染めて満面の笑顔で話す百の言葉に、私は一気に熱が上がったような感覚になる。改めて言われるその言葉が嬉しくてたまらなく感じる。そんな私を見て百は続けて「まぁみんなに結芽はオレのだって言えるのが嬉しいってのもあるんだけどね」と笑って額をつけてはまた触れるだけのキスをした。

 そう、この後行われるのは私と百の交際発表会見である。結局あの後月雲さんは、百と千さんが集めた反ツクモ勢力の人達の働きでツクモプロダクションの社長を辞任することになった。警察にもこれまでの悪事が知られたようで、もう二度と芸能界で悪事をすることはないだろうとのこと。

「ねぇ、結芽。そろそろみんなに交際発表しない?」

 そんな月雲さんの件がひと段落したある時に言われた言葉。私としては申し分ないことだった。ファンのことが心配なのは前提だけど、それでも百はいち人間として発表したい、との主張。すぐに百と私で岡崎さんと大徳さん、そして社長にこれまでの全てを話し、掛け合ってもらって交際発表会見を開くことになったのだ。


「結芽さん、入って大丈夫ですか?」
「あ、はい!」

 キスをされ、百に見惚れていると外から大徳さんが私を呼ぶ声で我に返る。そして入ってきたのは大徳さんだけでなく、岡崎さんと千さんもいた。

「ほら僕の言った通りモモはここだ」
「やっぱり結芽さんの楽屋だったんですね。楽屋にいないから心配しちゃったじゃないですかー!」
「あはは、ごめんおかりん」

 得意げに話す千さんと、焦りながら話す岡崎さんに柔らかくなる空気。ただきっと、大徳さんと岡崎さんがいるということはそろそろ時間なのだろう。

「……さて、そろそろ時間です。何かあったら僕達がなんとかします、と言いたいところですが」
「2人なら大丈夫だと信じています。行きましょう! 百くん、結芽ちゃん!」
「これ僕だけが置き去りになるやつ……」
「ユキはこの後ドラマ撮影あるだろ?」

 さあ、会見の時間だ。互いのマネージャーである大徳さんと岡崎さんも一緒に会場に向かうことになる。緊張でバクバク、と心臓が鳴り響く。


「……ほら、行こう結芽」

 だけど百は微笑みながら私に手を差し伸べてくれて、少しだけ緊張がほぐれたような気がした。

「ーーうん!」

 そして覚悟を決めて、その手を取って会場へと向かったんだ。







「この度はお忙しいところ時間を取って頂いてありがとうございます。今回、その、何か発表があるとかーー」
「はい。オレ、Re:valeのモモは同事務所の本郷結芽さんと結婚を前提にお付き合いしています」
「オレはこれからもRe:valeとして相方のユキと歌い続けます。だけど、1人の人間として結芽さんのことを愛し続けます」
「突然の発表となり申し訳ありません。ファンの皆様には突然のことで驚かせたと思いますし、いろいろな意見があると思います。だけどそんな私達を温かく見守ってくれると嬉しいですーー……」







「お疲れ、結芽」

 なんとか無事に会見が終わった。私と百はこの後別スタジオで撮影があるため、大徳さんの運転で一緒に車に乗ってその収録現場へと向かっていた。
 会見はたくさんの記者の人達と、カメラのフラッシュを浴びて緊張どころか怖かった、というのが正直な感想だ。だけど百はカメラから見えない範囲のテーブルの下でずっと手を握っていてくれて、それに救われた気がした。

「百もお疲れ様。その、ありがとう」
「? オレ何かしたっけ」
「手握っててくれたでしょ?」
「ああ、それくらい当たり前だよ。でも多分前の方にいた記者さんは気付いてたかも」
「えっ」

 思いがけないその事実に思わず変な声が出てしまう。言われてみれば前に座っていた記者さんと目が合った時、他の人より頬が赤かったような……。慌てふためく私を見て百はまたクスッと笑う。

「慌てすぎじゃない?」
「だ、だって誰にも見えてないと思ってた」
「可愛いなぁもう」

「……結芽さん、百さん。聞いている僕が照れちゃいます」
「あ……」
「ごめんごめん大徳さん。でも結芽のこと大好きなの伝わるでしょ?」
「元々知ってますよ」
「っ、百!」

 大徳さんに言われ、余計に恥ずかしくなってしまった。なのにまた百は照れさせるようなことを言うものだから、私は冗談交じりで怒ってはお互いに目を合わせて笑ったんだ。






「はい、着きましたよ。岡崎さんは千さんのドラマ撮影の一区切りついたら来るみたいなので、百さんは最初1人になってしまいますが……」
「平気平気! 大徳さんありがとう! 結芽も途中まで一緒に行こう」

 撮影場所に着いた私達は現場に向かって歩き出す。大徳さんは初めに挨拶と打ち合わせに行くとのことなので、途中まで百と一緒に向かった。


 ガチャ

 歩いていると、ある楽屋の扉が開く。

「あ、」
「! 御堂さん」

 そこはŹOOĻの楽屋だったようで、御堂さんが出てこようとしていたのだ。ドアが開いたタイミングと私達が通るタイミングがばっちりだったようだ。私達を見て立ち止まる御堂さん。立ち止まったことを不審に思ったメンバーが中から御堂さんを呼ぶけれど、黙ってこちらを見たままだった。
 御堂さんにはいろいろ助けてもらった。そんな彼を見上げ、頭を下げてお礼を言う。

「あの、御堂さん。いろいろありがとうございました!」
「別に何もしてない。その、良かったな」
「!」

 優しく微笑んでくれた御堂さん。感謝の気持ちでいっぱいだ。「会見見たぜ」と言って御堂さんは私の頭の上に手を置こうとしたけれど、それは百が阻止した。


「虎於、オレからも結芽のこといろいろありがとう。でも頭に手置くとかはモモちゃん妬いちゃうなー?」
「あ、悪い。何も考えてなかった」
「考えて! 虎於は女の子が隣にいても簡単に抱かないいい男なのに、要注意人物認定するよ!?」
「Re:valeにそうされるのは……困るな」

「虎於! 早く出てよ、次の収録に遅れるだろ!」
「分かったから、押すな悠!」
「あらあら、なんの話をしてたんですか? まさか百さんの恋人を取ろうと?」
「してねぇよ!」

 そして御堂さんは楽屋から出てきたメンバーに押されて、「じゃあな」とだけ言って流れるように去っていったんだ。



「………」
「………」

 なんだか嵐のように去って行ったなという印象はきっと私も百も同じだろう。ŹOOĻが通った道を、ぽかんとして見ている私達に大徳さんから声がかかる。

「結芽さん、メイクの準備ができたので行きましょう!」
「あ、分かりました! 百、そろそろ……」
「うん、オレも行こうかな。あ、結芽」
「ん?」

 大徳さんに呼ばれ、楽屋へと行こうと百に声をかけた時、百に呼び止められる。なんだろうと思い、百を見上げると、そこには愛しく微笑む彼の姿。


「大好き」


 百は大徳さんにも聞こえないような声で、私の頭を撫でながら囁くように言ったんだ。嬉しくて、幸せで、胸の奥から熱いものが込み上がってくる。
 その後、「じゃあね、また後で連絡する」といつもの顔に戻り、私の頭をぽんっと優しく叩いた百は別の現場の方へと向かって行く。その背中を見送り、私も大徳さんが案内してくれた楽屋へと向かう。




「あ、陸じゃん、やっほー!」
「百さん! お疲れ様です、そういえばその……会見見ました。びっくりですよ百さんと結芽さんが付き合ってるなんて……!」
「ふふふ、トップシークレットだったからね。ところでナギは大丈夫だった?」
「ずっとノー!! って叫んでました」
「はは、ナギは結芽の大ファンだからなぁ。ねぇIDOLiSH7の楽屋お邪魔していい?」

「なぁ、虎於。さっきの話、何?」
「だから何もねぇよ!」
「トラは大先輩の彼女を好きになっちゃったんだな……」
「なんでそうなる! そんなんじゃねぇって言ってんだろ!」

「結芽さん、準備できましたか?」
「はい!」


 こうしてまたいつも通りの日常が戻った。
 前までと違うことと言えば、百との関係がオープンになったことだ。


『結芽お疲れ! 結芽が大丈夫なら、今日オレの家来ない?』
『お疲れ様!行きたい!』
『今日はオレの方が早く終わるから、先に家で待ってるね(*´∀`)』

 仕事の合間の百からのラビチャ。嬉しくてニヤケが止まらない。


「百、お邪魔します!」
「おかえり結芽〜! 待ってた! モモちゃん結芽の好きな煮物作ってたよ!」
「わあ、いい匂い……! 嬉しいありがとう!」


 仕事が終わって百の家に行くと、百は私の好きなご飯を作って待っていてくれていた。玄関まで香るその匂いがたまらなく私を幸せにさせた。

 いろいろあったけど、大好きな百の隣にいれることが嬉しくて幸せだ。そんな当たり前の些細な幸せに、私は笑顔が隠しきれないのであった。



「百」
「なに?」
「大好き!」
「! オレも大好き! ねぇ今度は一緒に住む家探ししよう?」



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