百中編 | ナノ
05 

「むー……」
「いつまでむくれてるの。仕事なら仕方ないじゃない」
「分かってるどさ……会えると思ったし一緒に観たかったー……」

 朝、結芽からラビチャが来ていた。『今日のMOP鑑賞は来れなくなった』って。撮影が延びることになったから仕方ないのは分かってる。けど昨日のこともあって最近心配かけてたから会いたかったのにな。
 オレはユキの家で既読がついていない結芽とのラビチャ画面を片手にし、ソファーに寄りかかる。ユキは「僕がいるのに」と言いながらオレの頬をつんつんとつついている。本当はユキだってみんなで観たかったくせに。


「あ、始まったよ」

 ユキの言葉でテレビを見上げる。テレビ画面が派手に煌めき、MOPが始まったようだ。MOPが始まり、親しい後輩達が映るとだんだんと結芽は仕事だから仕方ない、と思えてきたのだ。今は後輩達の応援をしよう。
 IDOLiSH7もTRIGGERも頑張れ……!そう思いながらユキとおかりんとでテレビを鑑賞したのだ。





△▼△



 御堂さんにベッドに押さえつけられ、力を入れて目を閉じた。しかし数秒経つが御堂さんは動く様子がない。


「………?」

 動きがなく、不審に思って目を開けると御堂さんは私と視線を合わせた。改めてじっと真顔で見つめられ、目が逸らせず、自分に力が入ったのが分かった。そしてこれから起こることに意識が集中し、体が震えたその時。


「やめた」

 目が合った後、御堂さんはそう言い捨てて上体を起こし、私から離れたのだ。

「え……」

 想定外な行動にびっくりして、思わず声が出てしまった。そのまま御堂さんはベッドの端に腰をかけ、私に背を向けて言葉を放った。


「……泣いてる女を抱く趣味はない」

「!」

 そう言われ、それがリミッターだったかのように視界がだんだんと歪み始める。
 本当は自分が泣いてることなんかわかっていた。目を閉じた時に目が熱くなったり、今さっき御堂さんと目が合った時も視界が若干潤んでいたのも自覚はあったのだ。けれど泣きたくなんてなかった。これを受けたのは私自身だ。百のためとはいえ、百を裏切っているのだから、私に泣く資格などないから。だけど「泣いてる」と言われ、自分が泣いてることを認めざるを得ない。それが更に私の涙腺を崩壊させていた。


「っ……うぅ…」

 本当は泣きたくなんてないのに。そう思っているものの、嗚咽がこみ上げてしまい、私は目元に手を当てて顔を覆った。
 私の嗚咽が室内に響く中、御堂さんが少し戸惑ったように、けれどやや冗談めかすように「泣くくらい俺に抱かれるのが嬉しいなら抱いてやる」なんて言う。なんとなくだけど慰めてくれているように聞こえ、思わずふふっと笑えてしまった。だけどそれは一瞬で、涙は止まらない。むしろ溢れるばかりで。

 ああ、初めて会った人の前でこんなに泣いてしまうなんてな。

 溢れる涙を拭いきれず、それでも拭う私。御堂さんはというと、背を向けていたが少しだけ顔をこちらに向けた。そして今度は低めの、真剣な声で言う。


「……泣くほど嫌なこと、なんでしようとしたんだよ」

「…うっ、っ……」


 なんでと言われたら大好きな百のためで。彼の命に変えられるものなどなくて。


「了さん見てれば分かる。あれはなんか企んでた。なんか脅されてたんじゃないのか?」

「! っ、いえ……っ」


 そのために取り引きという名の脅しをされても、命に代えられるものはないものなんてない。


「……まぁ、言いたくなければいいけど」


 でも相手は大手芸能界のツクモだった。辛いけど、嫌だけど誰にも迷惑をかけたくなかったから誰にも話せるわけがなくて。でも「言いたくない」なんて、「言えない」なんてただの建前だ。本当は誰かに聞いてほしかった。助けて欲しかった。でも今、目の前にいるツクモの人に話せるわけがない。話してはいけない。でも、でもーー…


「……大切な人の命には、替えられなかったんです…っ」


 泣いてしまって感情が高まったこと、そして誰にも話せなかった分が重なり、少しだけ……ほんの少しだけ話してしまったんだ。




△▼△


「TRIGGERおめでとう! IDOLiSH7もよかったよ! どっちも勝ってほしかったもん!」


 MOPが終わり、勝ったのはTRIGGERだった。けどIDOLiSH7も大健闘! テレビで観ていたオレとユキでみんなで打ち上げをしよう! と話をして、お店を取って今から打ち上げ開始だ。

「ありがとうございます! 悔しいけどすっごく楽しかった……! 百さん、千さん。お店を取ってくれてありがとうございます!」
「いえいえ! 陸の歌も最高によかったよ! 今日はたくさん飲んじゃおう!」
「百さん、七瀬さんは未成年です」
「じゃあ一織くんが飲む?」
「っ千さん! 私も未成年です!」
「ははは、知ってるよー!」

 同じ場所とはいってもいくつかのテーブルに分かれて座っているため、オレとユキで各テーブルに回っていた。次はTRIGGERのテーブルに行き、「おめでとう」と改めて伝えるが、天は不思議そうにオレの顔を見た。


「……百さんなんか元気ないですか?」

「えっ!? なんで! モモちゃん超元気だよ! 気のせい気のせい」
「いえ、それならいいんですが……」

 突然そんなことを言われてびっくりした。オレが元気じゃないわけないのに!
 そうは言っても、気がかりなのは結芽に心配をかけた上に今日会えなかったことだ。まさかそれが後輩に伝わっていたのだろうか。後輩のお祝いの席なのに、なんで気を使わせているんだか。情けないなぁオレ。気をつけようと気を引き締めている時だった。


「……あれ?」

 席から見える通路に、結芽のマネージャーの大徳さんが見えたんだ。


「モモどうしたの?」

 ユキは見えてなかったようで、不思議そうにオレを見る。オレは呟くように話した。

「今、大徳さんが通った……」
「大徳さん? 結芽は撮影延びてるんじゃなかったっけ」

 ユキの言う通り、結芽は撮影が延びたからMOPは一緒に観れないって言っていた。じゃあなんでこんなところに大徳さんがいるんだろう。もう終わったのかな。


「……ごめん! ちょっと聞いてくる!」
「あ、モモ!」

 気になったオレはこの場を離れ、大徳さんを追うことにした。




「大徳さん!」


 すぐに大徳さんに追いつき、後ろから声をかけると大徳さんは驚いたように振り向く。


「! 百さん! わ、百さんもここにいたんですね!」
「うん。MOPの打ち上げしてたんだ! 大徳さんは?」
「仕事が終わったのでプライベートで来てました。なんかプライベートで、しかも会うと申し訳ない気持ちになりますね……すみません」
「えぇ、なんで謝るの! それより撮影延びたんだって? お疲れ様!」


 話していて違和感を感じた。大徳さんはほんのりと顔を赤らめていた。結芽はMOPの時間に間に合わないほど仕事が延びていたはずなのに、既に大徳さんはほろ酔い状態になっていたからだ。
 おかしい、MOPからまだそこまで時間は立っていないのになんで……?

 その違和感が確信を得たように、大徳さんは不思議そうに首を傾げて言ったんだ。


「え……? いえ、撮影は特に延びたりしなかったですよ」
「……!」

 その言葉にオレは絶句した。大徳さんはそんなオレに気付かずに、思い出すかのように口元に手を当てて話し続ける。

「まぁ確かに今日は結芽さんあんまり調子良くなさそうで珍しくリテイクを繰り返していましたが……。そんな延びる程ではなかったと思います」
「……そうなんだ」
「撮影延びたって結芽さんがそう言ったんですか?」
「……大丈夫。気のせいかも! 大徳さんごめんね、プライベートなのに呼び止めちゃって! 飲み会楽しんで!」

 大徳さんは暗くなったオレに気付きそうだったので、オレは心配かけないように笑って別れを告げた。オレが勝手に気にしすぎてるだけで、他の人に心配かけたくなかったから。
 戸惑いながら去っていく大徳さんを見送るも、オレは結芽が嘘をついた、というショックでその場から動けない。


「モモ! 平気? 顔が暗いけど………」


 オレがその場で立ちすくんでいると、後ろからユキの声がした。どうやら追いかけてくれたようだ。


「……ユキ、結芽、撮影延びてなかったんだって」
「え……大徳さんがそう言ったの?」
「うん。大徳さんにはこの後予定があるって言ってたみたい。今まで嘘なんてつかれたことなかったのに……」
「モモ……」

 付き合ってきてこれまでこんなことはなかった。もちろん喧嘩はしてきたけど、嘘をつくとかそういうことは一切なかったのに。なんで嘘なんかつくんだろう。きっと事情があったに違いない。
 ああ、でも、何かオレに言えないことでもしてるのかな。変なことにでも巻き込まれたのかな。モヤモヤと不安が止まらない。


「ももりん、ゆきりん何してんのー?」

 そんな時だった。横の通路から環が来て、オレ達を呼んだのだ。そういえば環はトイレ行くって言ってたっけ。

「……なんでもない! 環、トイレ長かったね」
「王様プリンのポスター見てた。ももりんなんか元気ない?」
「そんなことない! モモちゃん超元気! 一緒に戻ろう!」

 ああ、さっきの天といい環といい、また心配をかけてしまった。後輩に私情を持ち込んで迷惑をかけたくない…ただでさえRe:vale5周年の時、ユキとバンさんの件で迷惑かけてしまっているし、なんにせよ今日はお祝いの席なんだから。


『結芽、仕事終わった? お疲れ様! オレはIDOLiSH7とTRIGGERとMOPの打ち上げしてるよ! あとで電話しよう』

 ーーそれだけラビチャを送ったオレは、きっと結芽にも何か事情があったんだから気にするな。あとで電話するから大丈夫だ……と言い聞かせながら環とユキとで一緒にみんなのいる席へと戻ったのだ。




△▼△


 あの後御堂さんに少しだけ話をしてしまった私。とはいえ話したことは「大切な人の命の代わりに抱かれることになってしまった」という簡易的な内容だけ。百の名前はもちろん出していない。だけど御堂さんは黙って聞いてくれた。
 そして泣くのが落ち着くと、御堂さんはタクシーに乗せてくれ、そのまま帰宅したのだ。


 ヴーッヴーッ

 帰宅したタイミングで、携帯のバイブ音が鳴り続く。画面を見てみると百からの電話だ。
 ……本当なら今のこの状況で出たくない。けれど昨日も電話は出ていなく、なんならラビチャも返していなかった。百に不審がられてしまうかもしれない。それは避けたかった私は意を決して画面の通話の表示をスクロールした。


『結芽!!』
「百、お疲れ様! 鑑賞会行けなくてごめんね、どうしたの?」
『どうしたのじゃないよ! 大徳さんにたまたま会ったけど、撮影延びてないって言ってたよ。なんで嘘なんかついたの?』
「!」

 電話越しの百の声は早口で不安げだが、少し不機嫌そうだった。まさか百と大徳さんが会っていたなんて。百には今日のことは「撮影が延びた 」と伝えていた。でもマネージャーの大徳さんに会ったのならそれが嘘だとバレるのは当たり前だった。
 だけど今日のことは意地でも絶対にバレてはいけない……そう思った私は息を飲んで話し出す。


「……ごめんね、急に友達とどうしても外せない用事ができちゃって、でも先約がMOP鑑賞会だったから言いにくかったんだ」
『………』

 顔を見ていないからなのか、もしくはバレてはいけないという気持ちが強いからなのか。こんなにもスラスラと嘘が出てくるなんて、と我ながら自嘲する。そんな話を百は怒ることなく聞いてくれ、さっきとは違い優しい声で話してくれた。


『……そっか、わかった。でもそれなら嘘つかないでちゃんと言って? オレ怒らないし、嘘つかれる方が嫌だ。それにそれくらい急だったなら友達も大変だったんじゃない?』

「っ……」


 ズキンズキン、と心臓が痛い。嘘をついているのに、百はこんなにも優しい。


『結芽、体調悪いの? 大徳さんが撮影中あんまり調子よくなさそうって言ってたし、今もなんか変だよ…?』


 ごめん、ごめんね百。心の中で百に謝り続ける。百の優しい声と、気を使ってくれる言葉を聞いてまた泣きそうになってしまう。だめ、泣いてはいけない。泣いたら変に思われちゃう……! そう思って我慢して、なんとかして声を絞り出す。


「っうん、ありがとう……! 仕事続いて疲れちゃったみたい…」
『今日も撮影だったもんね、お疲れ様。ゆっくり休んでね!』
「ありがとう、ごめんね…っ…! そろそろ、寝るね…!」


 泣くな、泣くな。と言い聞かせ、なんとか耐えた私は百にも不審に思われないようこのタイミングで電話を切り上げた。

 本当はもっと話していたかったのにな。
 MOPはどうだった? 打ち上げは楽しかった? 早く百に会いたいな、って。たくさん話したかったのになぁ……。でもこれ以上話していたら絶対に耐えられないのも分かっていた。


「っ…、ひっく……うぁっ…」

 電話が切れると我慢していた涙がどんどんと込み上げてくる。




「結芽は他の男に抱かれた苦痛を隠し通せる? そんな苦痛な日々耐えられないよねぇ? そんな状態でモモと付き合ってられるわけないよねぇ!!」


 ふと月雲さんに言われた言葉が脳内に響いた。

 ……結果として抱かれてはいない。なのにここまで辛いなんて私はこれからどうなってしまうんだろう。私はどうすればよかったんだろう。これからどうすればいいんだろうーーー…。



「、ぅぐうっ……もも…っ!!」

 先が見えずに、途方に暮れる私はまた一晩泣き続けたんだ。



prevnext

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -