04
「……あ、了さんから電話だ」
「もしもし〜虎於? 今日の夜空いてるよね? 場所送っとくから仕事終わったら来てね」
「え」
「とってもいい女、用意しとくからさ! よろしく〜」
ピッ
「なんなんだ……」
「虎於どうしたんだ?」
「いや、了さんが女用意するからなんとか……」
「女……? トラの得意分野じゃねえか」
「よかったですね御堂さん」
「適当だなお前ら」
△▼
昨日は全然眠れなかった。百から連絡来てたけど、返す気にもなれずに気づいたら夜中になっていた。朝になったら返そう、寝過ごしたことにしようーーそう思っていたらもう朝である。
「……行きたくないな……」
仕事が終わったら誰だか知らない人に抱かれなければならない。昨日はそう返事をしてしまったけど、やっぱり嫌だ。けど百のため……。と、答えが出ないのに一晩中ずっと頭の中でぐるぐると考えていた。どうすることも出来ない現実なんて分かっているのに。
誰かに相談しようかとも考えた。けれど当たり前に百には出来ないし、千さんにもできない。マネージャーや事務所にしようかとも思ったけど、それをしたら今まで百や千さん達が交友関係を築いてくれたものが私のせいで台無しになる気がしてしまい、何も出来なかったんだ。
「はは、ひどい顔……」
ああ、もうすぐ家を出る時間である。化粧をするため鏡に映る自分の顔を見たけど、目元は腫れて赤く、クマができている。酷い顔だな、と思わず自嘲してしまう。
ひと通り化粧を終えた私は重い足取りで家を出た。撮影場所に向かう間に、百には寝落ちてしまった、今日のMOP鑑賞は仕事が延びたため行けなくなったことラビチャで伝えたのだ。
「やあ、結芽! 待ってたよ」
撮影が終わり、言われていた場所へと向かった私は車で待つ月雲さんと会う。運転席の窓を開け、私に手を振る月雲さんは上機嫌そうに笑顔だ。私にとってはとても憎らしい笑顔だけど。
「まぁ座りなよ。前と後ろどっちがいい?」
「……後ろに失礼します」
「はいはーい」
私が乗ったことを確認すると、月雲さんは車を走らせる。車内は少しの間沈黙が続き、私は窓ガラスに頭を寄りかけて流れる景色をぼーっと見ることしか出来ない。
今から私は百以外の人に抱かれるーー…。それはつまり、私は百を裏切ることになる。
百への罪悪感、助けてほしいという懇願、どうすることも出来ない現実が全て混ざり、自分の感情はぐちゃぐちゃだ。
「あれ、顔色悪いよー、大丈夫ー?」
「………」
そんな中、月雲さんは沈黙を破ってミラー越しに私を見て話す。当たり前に大丈夫などと言えるわけない私は黙り込んだが、そんな私を見て楽しそうに話し続ける。
「あはは、まぁいっか!」
「………」
「いや〜モモの大切な恋人が他の男に抱かれるなんてこんな楽しいことないからね! モモが知ったらどうなるかなぁ…」
「! 百には言わないって言いましたよね!?」
「もちろん言わないよ! 冗談冗談〜」
思わず声を強めに反応してしまったが、月雲さんはなんてこともないように愉快げだ。
「……あの、聞いてもいいでしょうか」
愉快げに話していた月雲さんに怒りを覚えるが、ぐっと堪えて疑問に思っていたことを聞いた。
「ん、なにー?」
「百はあなたに何をしたんですか?」
「………」
「この後のことはスキャンダルにはしない、百にも言わないと約束させてもらいましたが、それは月雲さんにとって意味あるんですか……!?」
そう、疑問だったのだ。交友を築いていたはずのツクモと何があってこうなったのか。そしてこの後、百以外の人に抱かれたとして、月雲さんはスキャンダルにしないし百にも言わないと約束した。百を助けるためと取り引きをしたけれど、ただ私が抱かれるだけなら月雲さんになんのメリットがあるの?
単純に私への嫌がらせとしてなら成り立つけど、そこまでツクモと関わっていなかった私はどうしてもピンと来なかったのだ。
月雲さんは一瞬黙り込んだものの、私の目は見ずに少しずつ話し出す。
「……モモは僕を裏切ったんだ。Re:valeが5周年を向かえたら自分は期限切れになるって言うから、なら僕と一緒に何かしようって話をしてたのに結局Re:valeにいる」
5周年の期限切れーー…それは百はRe:valeの結成当初、Re:valeではなかったからだ。百は怪我をした千さんの相方の代わりとしてRe:valeを続けていたのだが、その件は相方の万里さんも含めて話すことができ、解決している。
「だから僕はアイドルが嫌い! IDOLiSH7も、TRIGGERも、Re:valeも……全部潰そうと思ってるのにRe:valeにずっと邪魔されてる。じゃあそんな名声も地位もあるRe:valeを壊すには?」
「モモが相方じゃなかった頃の昔のRe:valeをネタにするのもいいなぁ〜と思ったんだけど、ある時モモに大切な大切な恋人がいることを知ったんだ。モモを揺するならその恋人に何かするのが1番でしょ?」
「でもモモはそれをさせる隙を与えてくれなかった。そんな時だよ! 昨日たまたま結芽に会えたんだ!」
「結芽は岡崎事務所のモモの恋人。僕からは何も言わなくても、結芽は他の男に抱かれた苦痛を隠し通せる? そんな苦痛な日々耐えられないよねぇ? そんな状態でモモと付き合ってられるわけないよねぇ!!」
「そこでこの苦痛に耐えられなくなった結芽はモモとお別れしてハッピーエンドってわけ! そのタイミングでRe:valeの悪い噂流せば……僕を裏切ったモモはボロボロだ。あ〜楽しみだなぁ!」
「……!」
「あはは! いいねぇその顔! 最高だよ!」
月雲さんが話し終えるが、怒りなのかもうそれすら分からない感情が込み上げた。頭に血が上るのが分かる。きっと私の顔は相当歪んでいるだろう。そんな私を月雲さんは嘲笑う中、私はこの感情が矢面に出ないよう何とか抑えて話す。
「っ、百が、Re:valeのことで悩んでたのはよく知ってます……本当に月雲さんとその約束をしたのかは私は知りません、でもそれで恨むのって何か違う気がします、百にちゃんと話したんですか!?」
「うるさいなぁ! モモと同じこと言うな! そんな風に言うならモモに言って、スキャンダルにもしちゃおっかなぁ!!」
「っ……」
「……最初から黙ってればいいのに。さ、ほら着いたよ」
だってそんなの、百にちゃんと言ってないのに恨むなんておかしいよ……。
そう思っても、月雲さんが血相を変えて怒鳴ったため、私は拳を握るだけで何も言えなくなってしまったんだ。
そうこう話している間にどうやら目的地に着いたようで、着いたのはいかにも高級そうな、煌びやかな5階建てのホテルだった。
到着し、指示に従って車を降りる。月雲さんについて行きながら入り口のドア、エレベーター、そして部屋の一室に着いた。扉を開けるとそこにはソファに明日を組んで座っている男性が見えた。
「やぁ! 虎於! 待った?」
「……まぁ。呼ぶのいきなりすぎんだろ」
中にいる男性が、最近流行し出したグループŹOOĻの御堂虎於さんであることはすぐにわかった。面倒くさそうに顔をしかめてこちらを見る。
「まぁまぁ。いい女抱けるんだから許してよ〜」
「別に女に困ってない」
「そんな固いこと言わないで! ってことでこの子好きに抱いちゃっていいから! よろしく!」
それだけ言うと、月雲さんはすぐに退出した。間もないまま、部屋には私と御堂さんの2人きりとなってしまう。
「………」
「…………」
部屋の扉の前で俯いて立つ私とソファに座っている御堂さん。御堂さんから視線を感じるがその視線に合わすことが出来ない。
「……なぁ」
そんな気まずい空気の中、御堂さんが最初に言葉を放つ。
「……はい」
「あんたモデルの本郷結芽だろ。了さんに何したんだよ」
「……何もしてないですよ」
「……あっそ。シャワーは?」
「結構、です」
御堂さんと会話する中で、密室、綺麗な部屋、キングサイズのベッドと……状況や視界を確認し、こんなところに百以外の人と来てしまったのかと改めて現実を突きつけられてしまった。
ばくばくと心臓が嫌にうるさい。
足がすくんで動けない。震える。
顔も俯いたまま、上げることが出来ない。
そんな動かない私を見て、痺れを切らしたのか御堂さんは立ち上がって私の手を引いた。
「いつまでそこ立ってんだよ、来い」
「っ」
そしてそのままベッドへと向かい、押される。その反動でベッドにダイブした私に御堂さんは組み敷く形となる。
ああ、私は今からこの人に抱かれてしまうーー。
ーー視界は御堂さんと天井。
誰か、百、助けて…と叶わない願いを持ち、私はぎゅっと目を閉じた。
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