「どうしてやり返さないの?」
どこからか突然現れた女子生徒は俺の前にしゃがみこんで首を傾げている。知らない顔だ。いささか眉をひそめて抗議するような口調だった。
「……なんだよお前」
「さっきのケンカ。2対1なんて卑怯」
コイツ、もしかして一部始終見てたのか。ここは校内でもほとんど人気のないところだけに少し驚いた(まあ特別不思議なことではない)。と同時になんとなく気恥ずかしくなって頭をかいた。
「別に。俺ボクシング部だから一般生徒殴るとちょっとまずいんだ。あいつらもそれをわかっててああしてケンカを吹っかけて来るのさ」
「……やられっぱなしでいいの?」
丸く見開かれた瞳が上目がちに問いかけてくる。今度はさっきまでのとげのある口調ではなかった。
「やられっぱなしってわけでもないぜ。手が使えないなら足を使えばいい」
まあハンデがあるのには変わりないけどな、俺が笑いまじりにそう言うと目の前のそいつも小さく笑を浮かべた。かわいいな、なんてその時初めて思った。
「強いんだね」
「そうかもな」
何がおかしいのかそいつはくすくす笑っていた。俺も釣られて笑った。
「私、2年D組の名字名前」
目の前に白い手が差し出された。いつのまにかそいつ、名字は立ち上がって座り込んだ俺を見下ろしていた。ナリに似合わず堂々としたやつだ。俺は差し出された手を取って立ち上がる。
「新堂誠。3年だ」
俺の言葉を聞いた名字はあからさまに動揺したようだった。
「せ、先輩だったんですね、ごめんなさい、私散々生意気なこと言って」
「別に気にしちゃいねえよ」
少し決まりが悪そうにして考えこんだかと思うと名字は制服のポケットからごそごそと何か取り出した。
「これ、使ってください」
「あっ、おい」
俺がそれを受け取ると名字はぺこりと一礼して、呼び止める間もなく小走りで去って行ってしまった。それは女の子らしい刺繍の入ったシンプルなハンカチで、折り畳まれているのをなんの気なしに開いてみると絆創膏がふたつ出て来た。何故だか自然と笑いがこぼれていた。
「変なヤツ」
もう日が沈む。あいつ2年D組って言ったっけ、そんなことを考えながら闇に飲まれようとする校舎をあとにした。

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