「入って」
ガラガラと引き戸が開かれるともう何度めかの堂島家へ足を踏み入れた。
「お邪魔します」
見慣れた居間の定位置にいるはずの菜々子ちゃんの姿も疲れた様子の堂島さんの姿もなかった。事情は私も聞いて知っていた。ふたりのいない堂島家はなんだか殺風景で物静かで、鳴上くんの背中がよく目立つ。静けさがいたたまれなくてちょっとばかり大げさにどさりと音を立ててジュネスの買い物袋をテーブルに置いた。
「じゃあ作るね」
私は制服の袖をたくしあげて夕飯の準備に取り掛かる。
「やっぱり手伝うよ」
「いいからいいから、こんな時くらい頼ってよ」
「……」
鳴上くんは少し気難しいような顔をして手持ち無沙汰な視線を台所のシンクにぼんやり漂わせている。眠れてないのか食べてないのかここのところずっとこうだった。気持ちが何処か遠いところにあるみたいでそんな彼が私としてはものすごく心配なのだ。
「鳴上くんほど料理上手じゃないけどさ、こんな時くらいしか役に立てないし、私」
テレビの中のこととか今起きてることとか、鳴上くんや千枝たちがしてることも私はよく知らない。私が力になれることはないかって考えを絞り出してはみたもののこんなことしか思い付かなかった。
「ありがとう」
鳴上くんは力なく笑った。
「…大丈夫?」
問いかけても曖昧に頷いてまた笑うだけだった。みんなのリーダーだからこんな時でも強がって笑ってる、そういうふうに私には見えた。私はまた台所に向かった。
「大丈夫だけど、ちょっとしんどいな」
買い物袋をガサガサやっていると背後で低い声がぽつりと言った。予想外の言葉にどきりとさせられて、私の手は一瞬止まる。
「そっか」
できるだけ平然を装って、包丁を取ろうとまた手を伸ばしたとき背後からお腹に腕が回って驚いた私はその手を止めた。鳴上くんは私の肩に顔を埋めて黙っている。くすんだ色の髪が私の頬を掠めて落ちる。
「鳴上、くん」
「しばらくこうさせてくれないかな」
腕にぎゅっと力が込められる。ああ、そうだ、やっと弱音をはいてくれたんだ。私は唇を噛んだ。
「苦しいよ、鳴上くん」
「……うん。俺も」
それきりふたりとも何も言わなかった。なんだかひどく切なくなって、背中の体温に私はこっそり涙をこぼした。

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