小説 | ナノ

 シンガポールでアンと別れた(というよりもいなくなってた)僕たちは鉄道を経由して北上し、インド横断の入り口となるカルカッタを目指した。プーケットまで陸路で移動し、そこから船で移動し、一度ミャンマーへ寄港してインドのカルカッタへ入る。
「シンガポールは日本と同じく島国だけど、唯一陸路でマレーシアと繋がっているのがここ、ウッドランズなんだ」
「へえー。花京院くんって博識だね」
「いえ、それほどでも。元々この駅は国境検問所専用の駅という目的で開設され……」
「おい花京院」
「ん、なんだい承太郎」
「あんまりややこしい話すると公子が寝るぞ」
「寝ないもん!」
「いや、俺は覚えてるぜ。小学三年生のときだ。電流について理科の授業……」
「わー、わー、その話はもういいでしょ!しつこいよ、承太郎!」
 公子にとってはよっぽど知られたくない過去なのだろうか。届かないと分かってはいるが承太郎の口元を押さえようとピョンピョン飛び跳ねながら大声で妨害している。
(理科の時間に何があったんだ……?)
 こうやって二人を見ると、僕と公子の間には大きな溝があるように感じる。僕と承太郎との間には、同性同士だからだろうか、寝るときもよく一緒になるので友情を結ぶ機会も多いのだが……
(僕の知らない公子がたくさんあって、承太郎はそれを全部知っている)
 二人の付き合いはもう十四年ほどになるらしい。確か幼稚園からずっと一緒だと聞いた。
(十四年……。そんなに長い時間を共有したのなら、そろそろ僕と代わってくれてもいいじゃないか。僕はまだ一週間ほどしか公子と一緒の時間がないんだ)
 そう、一週間。たった一週間でこんなにも好きになるとは思ってなかった。スタンドが見える女性に初めて会ったから?僕の怪我にすぐにハンカチで止血をしてくれたから?いや、どちらとも理由の一つではあるけど、そうじゃない。もっと、こう……だめだ、表現が見つからない。
(せめて僕と公子が喋ってる時に限って口を挟んでくるのをなんとかしてほしい)

 食堂車で食事を終え、最後にコーヒーか紅茶の用意があるとボ−イから説明があった。にもかかわらず、承太郎は立ち上がって公子の肩に指で合図をする。公子もそれにどうかしたのかなんて尋ねることもなく、立ち上がって二人で食堂車を後にする。ああいうのを阿吽の呼吸っていうんだよな。
「承太郎、飲み物が来るぞ」
「すぐ戻る」
 その言葉通り、五分もしない内に二人は戻ってきた。何をしていたのか気になる、が、皆の前でそれを口に出すことが憚られた。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、承太郎がニヤリと笑って話しかける。
「どうした?」
「君がそんな風に笑うの珍しいね。そう言う笑い方をするときは大体敵に一発当てるときなんだが」
「安心しな、お前を殴りゃしねーよ。ま、同じ姿の偽者はボコボコにしたがな」
「僕は二度同じ相手に負けるつもりはない」
「ほー。今度試してみるか?」
「やめとけよお前ら」
 恥ずかしいことだが、僕が肉の芽の洗脳によって承太郎を襲撃したところは公子に目撃されている。もちろん結果としてあの時僕は承太郎に負けてよかったとは思ってるが、スタープラチナの拳を叩き込まれ、床に這いつくばった姿というのは男のプライド的に特に好きな女性に見られたくなかった。
「承太郎、ケンカは駄目だよ」
「俺も花京院も本気じゃねぇよ」
「分かってるけど、承太郎には前科が多すぎて心配しちゃう。承太郎に病院送りにされた人、ウチの学校にたくさんいるから」
「公子っ!」
「な、なに?」
「僕は負けない」
「え、あ、うん。そうだね、花京院くんも強いもんね!」
 食後のコーヒーをぐびぐびと飲み干した承太郎がまた公子の肩をトントンと指で叩いた。やっぱり何を言うでもなく公子は立ち上がる。
「行ってろ」
「うん」
 公子が車両から姿を消したのを見送ると、承太郎はくるりと僕の方に向き直った。
「そのもどかしそうな表情のまま指くわえてる見てるのは負けた内に入らねぇのか?」
 またあのにやりとした表情で尋ねてくる。僕は確信した。承太郎はわかって聞いてるんだ。公子と長年の付き合いのある自分のほうがアドバンテージがあるんだと牽制しているんだ。
「別に。ただ幼い頃から連れ添っているのに恋人関係になってない男に嫉妬する必要はないさ」
「花京院、自分の手見ろ」
 そういわれて素直に目線を下に持って行く。デザートに出てきたムースを食べるために持ったはずのスプーンが……。
「逆さだぜ」
「……承太郎、僕は至急この車両を出る必要があるみたいだ。チェリーのお礼にこのドルチェは君に差し上げよう」
「そりゃどーも」
 クソッ、何だってそんな余裕なんだ!僕は大またで食堂車を出て辺りを見ながら移動すると、車両を繋ぐデッキ部分のところで髪の毛をいじっている公子を見つけた。
「公子」
「え、わ!花京院くん!」
「あ、えーと……」
 ここまできて僕はこの行動がいかに短絡的だったかを思い知った。彼女が待っているのは僕ではなく承太郎なのに。
「承太郎、ちょっと遅くなるって」
「え。じゃあ呼び出すなって話だよねー」
「あの、さ。承太郎と何話してるの?」
「えっ……とね。というか、花京院くんは承太郎に何て言われてここに来たの?」
 な、なんだこのジャブの応酬のような会話は。しかしこれで分かったことがある。公子と承太郎は当然ながら何かしら秘密の話をしており、それが知られて困るのはどうやら公子だけのようだ。そしてそれを承太郎はあのにやついた笑みを浮かべながら様子見している。
 公子には悪いけど、少しそちらの出方をうかがわせてもらうことにした。
「承太郎から言伝を頼まれたからね。じゃあ僕は君たちの話の内容を承太郎に直接聞こうかな」
「ま、待って!」
「いや、待つ必要はねーぜ」
 扉が開き、くぐるようにして承太郎が姿を現した。口にはタバコがくわえられており、ライターの火がこの速度の風に消えないように手で壁を作って着火する。
「教えてやろうか」
「承太郎!」
「だったら自分で言うんだな、公子。花京院も、強ぇ男ってのは腕っ節だけで決まるもんじゃねぇぜ。女に先手取らせるやつは十分女々しいと言えるだろうな」
「な、何が言いたいんだ」
「俺はもうそいつの進展しない相談事を聞き続けるのにうんざりしただけだ」
 手すりの向こう側に灰を落とし、火をつけたタバコをくわえたまま更に奥の車両へと入っていった。タバコをつけたまま車内に入るなんて、と普段の僕なら注意するだろう。だが僕は公子が何かしらの悩みを抱えていて、それを旅の仲間である僕に打ち明けてくれないことに焦りを覚え、それどころじゃなくなっていた。
 こんな時期の悩み相談だ。もしかして今までの戦いで何か怪我をした?怖い想いをした?僕の知らない場所での交戦も十分に考えられる。
「公子、悩んでいることがあれば僕に相談してほしい。必ず力になるよ。僕は君が辛い想いを抱えているということが我慢ならないんだ」
「ありがとう。気持ちだけで、十分だから」
「……僕にいえないこと?僕は承太郎と比べてそんなに頼りにならない?」
「え、あ、違うの……あの、ね。か、花京院くんと、もっと仲良くなりたいから、一番仲よさそうな承太郎にあれこれ聞いてた、だけ」
 ここで承太郎の小言が全てつながった。妙に意味深な雰囲気を含ませたあれらの言葉を組み合わせると、公子が今打ち明けた悩みの内容はまったくのウソではないが、まだ僕に隠し事をしていることをハッキリと示している。
(ここまで言わせてこれ以上彼女に先手を取らせるのは確かに僕が女々しい証拠だな)
 だけどガッついて君をボロボロにしたくない。気持ちと心臓の高鳴りを押さえるように深く呼吸をして、手すりを背もたれ代わりにして公子の隣に立った。
「僕のことなら、承太郎じゃなくて僕に聞いて。それに、僕も君に色々聞きたいことがあるし」
「うん。聞きたいこと、って?」
「あのね……」

 今、僕に恋してくれていますか……と聞くのは、焦りすぎだろうか。


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