小説 | ナノ

 公子がどういう反応をするのか、大体予想はついている。聞こえなかった振りをされる、状況が呑み込めないからもう一回聞く。逆に堂々とその場で返答するというところはどうも想像がつかない。
 が、実際彼女が言うのはこうだろう。

「私なんかじゃ、花京院くんには釣り合わないから」

 だから、それを言わせないことに徹する。その言葉を聞けばきっと、花京院が付けている理性の仮面が剥がれ落ちる。
「え……でも……」
「公子ちゃんさ、前に僕と会長の仲を勘違いしてたでしょ」
「あ……その節はどうも……」
「どうもじゃなくて……まあ、何故か学校中で言われていたからね。そう思われるのも仕方がないよ。でも僕はちゃんと断ったよ」
「こと……あ……」
「聞いていいよ」
「あの。断ったってことは」
「うん。会長は噂の通りの気持ちだったみたい。だけど僕は違った。こっちに転入してから何度か女の子に告白されたけど、他に好きな人がいるって言って断っている」
 その、他の好きな人というのはあなたのことだと目が訴えかける。だから頼むから、私なんかと言わないでほしい。
 しかし公子の頭の中にあるのは非情にも英子の顔だった。友人の告白の邪魔をした、好きな人を奪った、それなのにいつも仲良く接してくれた英子。
 いや、さっき花京院は「他に好きな人がいる」と言って断ったと言った。公子の名前を出してないから英子は気が付いてないだけなのか?
 そうだとしたら、知らずに接しているだけなのだとしたら、公子の罪悪感はどこにぶちまければいいんだろうか。
 知っている、いない、に関わらず謝罪をせねば。そのためにも、
「……私、花京院くんとは付き合えない」
 付き合うことは、できない。
「……どうしてか、聞いてもいい?」
 花京院の当初の予想は大きく外れた。この場でハッキリと返答はしないと思っていた。だからこの告白が成就するという希望も持ち合わせていなければ、終わってしまうという覚悟もなかった。
 だから、自ら聞いてしまったのだ。一番聞きたくないキーワードを引き出すような言葉で問いかけてしまったのだ。この動揺が、命とりだった。
「だって、私なんかじゃ花京院くんに釣り合わないよ」
「あ……」
 遠くから歓声が上がる。ミスコンが始まったのだろう。本来なら花京院も舞台に立っているはずだった。それを公子が邪魔をしたのではないだろうか。花京院がいるべきはこんな薄暗い場所ではなく、華やかな舞台上で美女と腕を組んで皆の拍手を浴びるべきでは。
「どうして……そんなこと言うんだ。私なんかって言ったけど、僕だってそんなに持ち上げられるような人間じゃないよ。そんなに言うなら、僕の汚い本心の方も見てよ。逆にこんなこと考えている男なんてイヤだとハッキリ振ってくれるんならそっちの方がまだましだ」
 皆舞台上に夢中で、こんな薄暗がりまで気にかけない。大音量のステージミュージックが公子の悲鳴を引き裂くように流れ出した。
「毎晩君のことこういう風にしたいって考えてた。ここまでしたからこの先に何をするのかは、説明しなくても分かるよね」
 公子は背中を壁に押し付けられ、両手は上に押さえつけられた状態で目の前には花京院が立っている。
「本当に分かってる?」
 逃げ場がない恐怖に公子が言葉を返せずにいると、花京院は笑顔で返した。顔は笑っているのに、声は冷たく響く。
「どれだけ僕のこと魅了してきたのか、言葉で言っても分からないみたいだね。だから、実際にどういうことをしてたのかを実際にやってみせるってことさ」
「……ぁ……っ」
「あのね、公子ちゃん。僕の好きな女性のことを「私なんか」って言わないでくれるかな。僕は公子ちゃんのことがすごく好きだから、それだけは許せないんだ」
 引き金となるこの一言を口にすれば、こうなることは分かっていた。だから言わせないようにしなければと思っていた。
 だが、本心は逆だったのかもしれない。その一言を言いさえすれば、内に溜まっているドス黒い感情全てを噴出させることが出来るから。
 本当は押さえつける理性を、公子に剥がしてもらいたかったのかもしれない。


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