小説 | ナノ

 食事を終えた公子が早速川へとダイブしようとするのを英子が止めた。
「準備運動」
「はいすみません」
 立って開脚前屈をしながら、英子がじりじりとにじり寄って来た。
「晩御飯のあとにする」
「おぉ」
 ちなみに夕食は片付けの時間がないのでカップラーメンである。情緒もへったくれもないが、そんな安っぽい食事でも皆で囲めば美味しく感じるし、それこそ学生の思い出という感じがしていいのかもしれない。
「だから、昼の間はとにかく遊ぼ」
 準備運動を終えた英子が華麗に川の中へと進入する。流れに逆らわず水面を自由に行き来する彼女はまるで人魚だ。
(英子ちゃんかっこいいなぁ……モデル級美女でもなびかなかった花京院くんだからこそ、こういうナチュラルな健康美の英子ちゃんならいけるかも)
 ちなみにジャミレは花京院が来る場には二度と行きたくないので欠席である。
(でも夜までにちょっと二人でいい雰囲気になってからの方がいいよね。出来るだけ自然に二人きりになるよう誘導できればいいんだけど)
 この自然にというのがくせ者である。聡明な花京院に気づかれないように振る舞うのは公子の脳みそでは無理な話だろう。
(せめて二人が近づくようにしないと)
 何かよさそうなアイディアはないだろうかと足りない頭を使っていると、ドンという大きな音に思わず振り向いた。どうやら岩壁の上から水の中に男子が飛び込んで遊んでいるらしい。
(ひぇぇ、高いよ……)
「うわ、面白そう」
「えぇっ!?」
 この飛込みが面白そうに見えるか否かを分けているのは運動神経の差なのだろうかと公子が考えていると、英子はさっさとそちらの方へ泳いでいた。
「見ててー」
「え?あ……はい……」
 追いかけてもどうせ追いつけないし上の方まで登ることも出来ないので公子はおとなしくその様子を岸から見ているしかなかった。
 やがて英子の姿が一番上まで来ると、彼女は競技の選手のような綺麗なフォームで落ちていく。他の男子と違い水柱が真っすぐに吹き上がると、笑顔の彼女が酸素を求めて顔を上げた。
 こちらに向かって手を振る姿に公子も大きくジャンプしながら答えていると、彼女の指が数字の一を示した。
(もう一回やるってことね)
 こうなると長くなるのは分かっている。その間公子も泳いで遊ぼうかと思っていると、同じく飛び込み大会を鑑賞していた花京院に肩を叩かれた。
「や」
 まだパーカーを羽織っているので、今片付け班が終わったところなのだろう。前のチャックは開いており、そこから見えるたくましい腹筋に公子は思わず目を逸らした。運動部員よりも鍛え上げられたその姿は彼をいやでも異性として意識してしまう。
「すごいね、みんな。あんな高いとこ」
「ね。ちょっと怖い」
「僕もさ、下に大きい岩があってぶつけちゃったらとか、考えばかりが先行してなかなかああいうことしないんだよね。よかったら向こうで僕と泳がない?」
「あ、いいね……っと」
 いつものノリで承諾してから気づいた。今日はこのまま素直についていってはいけない。
「私、飲み物取ってくるから先に行っててくれる?」
「分かった」
 花京院が背を向けたのを確認すると英子の方を確認する。ちょうど飛び込み終わったところで水面から顔を出した彼女にハンドサインを送る。
 もちろん何を言いたいか細かいことまでは分からないので岸に上がって一緒にテントの方に歩いていく。
「というわけだから、先に行ってて。あ、まだ片づけ終わってない人もいるんじゃん。私こっち手伝っていくから伝言を頼まれたってことで」
「公子……ありがとね」
「あと、髪の毛」
 散々飛び込みをしたあとだ。当然まとめていた髪は乱れていた。公子が差し出した花のついたヘアピンでまとめ直すと、英子は恥ずかしそうに微笑んだ。
(英子ちゃんが女の子だぁ……)
「いってくるね」
 事の顛末を見守ることすら許されない公子は、ただ結果を報告されるのを待つしかなかった。

「花京院……あの、公子が……片付け手伝うから、遅くなるって。そう伝えてきてって頼まれて、さ」
「あ……」
 英子は、恋をしている。だからこそ、好きな人の挙動は見逃さない。花京院は今確かに、英子の頭にあるヘアピンを見つめていた。


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