小説 | ナノ

 季節は六月、梅雨入り直前と言ったところだ。もうじき日本を襲う集中豪雨に備えてドブ清掃を行うのは毎年のことで、半数近くがサボるのも毎年のことだ。
 が、今年の二年四組は大半の生徒がこれに参加した。終わった後に皆で遊びに行こうと花京院から提案したからだ。
 土曜日の半日授業は全てこの清掃活動に充てられる。終わったクラスから帰っていいのでさっさと終わらせて皆で昼ご飯を食べに行こうと、四組は素晴らしいチームワークでごみを片付けていく。
 中には数人サボりもいたが、彼らはこの後のお楽しみにも興味がないのだろう。清掃活動だけはサボって食事会にだけ顔を出すという面の皮の厚い人間はいないはず。
「ヘドロたまったからもっていくね」
「あ、じゃあゴミ袋ももらってきてよ」
「おっけ」
 空き缶を入れている袋は口を縛れないほどにいっぱいになっているようだ。新しい袋が来たらまずいくらかをそっちに移さねばならない。
 クラスの男子がその作業をしている背後で、ハイエロの触手がコーヒーの空き缶を一つ弾き飛ばした。ヘドロの山に突っ込んでいったために音もしなかったから誰もそれに気が付かない。もちろん、その姿を見ることが出来る人物もいない。
(承太郎どうせサボりだろうから遠慮なく出せる)
 弾き飛ばされたスチール缶をヘドロでコーティングする。周囲の色と同化した缶を目立つことなく引き寄せると、スコップで両手の塞がっている公子の足元へとそれを転がした。歩こうと前に出した足の下に、丸い缶が転がる。
「おわっ!?」
 不意打ちに近い形だから転ぶのも仕方がない。しかも両手が塞がっているとなると、派手に尻から落ちるしかない。
「うわあああああ!主人がすごい転び方を!」
「だ、大丈夫!?」
「あー、こりゃダメだわ」
 慌てて起き上がるも、公子の体育着にはべっちょりとヘドロがしみ込んでいた。恐らくこの分だと下着も完全にやられているだろう。
「部室棟で洗ってくる?」
「タオルは?」
「下着もないだろうし」
「とりあえず先生呼んでこな……」
「あ、待って」
 担任を呼ぼうとした生徒の腕を掴んで止めたのは花京院だ。
「ここは僕がなんとかしておくから皆作業に戻って。早く終わらせないと、昼ご飯間に合わなくなるよ」
「お、おう。花京院がそう言うんなら任せたわ」
「公子ちゃんはこっち」
「う、うん」
 公子が制止するも花京院のジャージを腰に巻き付けられ、二人はこっそりと門を出た。

 向かった先は学校から徒歩圏内にあるマンションだ。花京院が一人暮らしをするために借りている部屋だというのは玄関に入ってから気が付いた。
「ここならタオルも着替えもあるでしょ。下着は今からちょっと買ってくる」
「えっ、えっ」
「チャイムが鳴っても鍵開けないでね。僕が鍵持ってるから」
 止める間もなく部屋を出て行ってしまうと、今度は公子が出ていく手段がないことに気が付く。そう、鍵を閉めることが出来ないのだ。
 仕方なしに言われた通りシャワーを浴び、服に着いた汚れをベランダで洗い流す。その間に用意されていた服を着て洗面所の鏡に映った姿を見ると思わず赤面した。
 裾の長いTシャツの下は、下着を身に着けていないのだ。だからと言って裾を引っ張ると伸びてしまう。やり場のない羞恥に深いため息をついていると花京院が戻って来た。
 慌てて洗面所に隠れると花京院が手だけを伸ばして袋を渡す。中は新品の下着だった。
「ええと、ありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
 下着をつけたことでズボンもはけるようになってようやく着替え終わった公子は、それでもやはり照れくさそうにしながら部屋へ出てきた。
「クラスのみんなはもう作業終えて帰ったみたい。今から着替えてってなると多分間に合わないからさ、僕と一緒にご飯食べない?」
「でもそれじゃあ花京院くんを待たせることになるし……」
「部屋で食べて、ゆっくりしてから帰ればいいじゃない」
 そう言いながら花京院は引き出しの中から宅配ピザのチラシを取り出した。
「こういうの一人じゃできないでしょ。食べたかったんだ。ね?」
 そう言われると断る理由が見当たらない。
「あ、でもせめて連絡……」
「さっき行きに話しておいたから大丈夫」
 つまり公子の返答に関わらず花京院は食事会に行かないつもりだったし、公子も欠席させるしかないと考えていたということだ。
(意外と強引なんだよなぁ……)

「じゃ、かんぱーい」
 ピザ、ポテト、ナゲット、そして何よりコーラ!蒸し暑い作業を汗だくになりながらやり遂げた後のこの一杯はとてつもなく、
「うまい!」
 せっかくだから気分だけでもと、BGMは80年代のアメリカンポップを流す。これだけでなんだか特別なパーティーのような演出になる。
「私チキンナゲット好きなんだよねー。ハンバーガー屋さん行ってもバーガーじゃなくてこっち頼んじゃう」
 付属のバーベキューソースをたっぷりとつけて口に運べば、甘辛いタレの味が淡泊な鶏肉に絡んでうまさを増す。
「はぁー、んまっ」
 手に付いたソースをぺろりと舐めとると、チュッという音がした。口から覗く赤い舌に、花京院は口からコーラを零しそうになる。
(ち、ちがっ……僕は確かに、その……公子ちゃんのことが好きだけど、その……そういうことを考えているわけでは……)
 考えているわけでは、ない。その最後の「ない」をハッキリ思うことが出来なかった。
(そりゃ僕だって健全な男子高生だから、その、そういう願望自体がないわけではない。ただ、そういったものを理性で抑制してこその人間じゃあないか。思うがままに女性を……だなん、て……)
 しかし思いとは裏腹に一度意識してしまうとそれは急激に加速する。公子への思いと同じように。
(わわ。ち、ちがっ……)
「花京院くんどうしたの?」
「あ……いや。食べよう食べよう」
「うん、食べて食べて」
 まあ半分は花京院くんのなんだけどねー、と笑いながら冗談を言っているが、花京院はその冗談を増長して受け取ってしまった。
 意中の女子が、自分の服を着て、自分の部屋で、食べて食べてと言ってくる。
(ちが……う、のか?)
 そうだ、とも、ちがう、とも思えない。戸惑いに支配される間にホームパーティーは終わってしまった。


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