小説 | ナノ

 自分が美男・美女であることを理解しており、さらに異性はその容姿に問答無用で惹かれてしまうと思っている人物とは非常に厄介だ。否定しようにも実際に後光が差しそうな美しさを前にすればどんな言葉も説得力を失う。
 ここで古い設定の少女マンガならば勘違いした男にガツンとヒロインが文句を言い、今まで思い通りにならない異性が周囲にいなかったイケメンくんは彼女に興味を持つように……なんてパターンがある。
 が、それはご都合主義すぎる展開なのはよく分かっている。なので主人公子は何も反論することなく地味に無視を決め込むという自衛手段しか取れなかった。
「主人、俺と机を合わせてぇから教科書を持ってこないっての、やめな」
「?」
「まあ今日は見せてやるけど、明日からは道具くらいきちんと用意しろよ」
「……よく分からんけどどうも」
 こういうとき、咄嗟にウィットに富んだ皮肉を言い返せないものである。公子も一瞬何を言われているのか意味が分からず、頭の上に疑問符をぽわぽわ飛ばしながら一応教科書を見せてくれる礼だけはする。が、数秒後にとんでもない誤解をされていることに気づき急にむかっ腹がたってくるのだ。
(コノヤロウ……このよく分からんオッサンの肖像画に落書きでもしてやろうか)
 教科書忘れたから見ーせて、から何故このような誤解が生まれるのか。イケメンの考えることは理解できないなと公子はイライラを募らせた。

 席替えで承太郎の隣になってから二週間目で先ほどの教科書事件である。それからまぁついてないことの連続だ。クラスメイト女子からはやっかみを受け、承太郎からは自分に惚れていると勘違いをされ、ジョジョに手を出すなんてクソ生意気とまた女子から攻撃される。
 謂れのない非難がここまでストレスになるとは思っていなかったが、朝洗面台の前でブラシにごっそりとついた自分の抜け毛を見て何かしらの医療機関に頼らなければならないのではと本気で考え始めた。
 が、こんなことを親に相談するのは馬鹿馬鹿しい。視力が悪いことを利用して眼科にかかると嘘をついて保険証とお金を手に入れた。放課後に行けばいいのだが両親が共働きで遅くまで戻らないのを良いことに、公子はその日初めて授業をサボって病院に行った。
「急激な抜け毛と倦怠感ですか。ちょっと瞼を見ますね…………んー、貧血の可能性がありますね。血液検査しましょうか」
 結局のところ本当に体にガタが来ていたので病院に来たのは正解だった。薬を受け取って、診察代として親からもらった金で病院の食堂に入り、適当に腹を満たす。満腹なのに帰りにコンビニに寄ってお菓子とジュースを買って家に戻り、平日の昼間をダラダラ過ごすという贅沢な一日を送った。だからこそ、明日からもう学校に行きたくない。
(空条くんと女子に会いたくなーい)
 お菓子を食べ終わったのに考えるのはもう夕飯のことだ。両親ともに日付をまたぐような時間まで不在にするので夕食は毎日自分で作っている。冷蔵庫に何があったかとキッチンへ向かおうとする足をインターホンが引きとめた。時間は午後四時半を回った辺りだ。
「はーいはいはい」
 受話器を取ると外の雑音が聞こえてくる。トラックの通る音に紛れてよく聞こえなかったのだが、低い声で自分の名前を呼んでいた。この時間に来る自分宛の来客と言えば、当然休みの人に配布物を渡しに来るあれだろう。が、どうもこの声が怪しい。
(空条くんっぽい)
 高校生ともなれば大半の男子は声変わりを終え、低い声で話すようになっている。が、その中でもダントツに低い、洋画の吹き替えで聞こえて来そうな声の持ち主と言えば今公子を悩ませている空条承太郎しかいない。インターホンの悪い音質を通しても、彼の渋い声は健在だ。そして面倒なことに相手が名乗らない。
「どちら様でしょうか」
「言わねぇとわかんねぇのか?承太郎だ」
 このとき、下の名前で名乗ることに一瞬違和感を覚えたが、彼の家庭環境を思い出しそういうものなのかなと流してしまった。母ホリィはイギリスとイタリアのハーフで育ちはアメリカというモロ欧州人なので、人を呼ぶときはファーストネームなのが普通なのだろうと考えれば別段おかしいことでもないと思ったのだ。
「配布物?」
「ああ」
「体調よくなくて出られないからポストに突っ込んでおいて。わざわざありがとう。またね」
 もうあの声を聞きたくないので一方的に受話器を置いた。ため息をついて暴れだしそうな脳内を落ち着けると、今度こそ冷蔵庫の中を見ようとキッチンへ踵を返した。が、背後から鳴るガチャガチャという乱暴な金属音にもう一度振り返る。
(何の音?)
 音の正体はすぐにわかった。自分以外に誰もいないはずの玄関で暴れるように動いているのは、ドアチェーンである。
「ひっ!」
 公子からすればポルターガイストだ。ひとりでにチェーンが動き、扉を開けようと暴れている。既にドアロック自体は開いており、このチェーンが外れればドアの開閉を邪魔するものはなくなってしまう。
(うそ、なに!?)
 スタンドという概念がない公子はこの状況に腰を抜かした。扉に何が起こっているのか。その向こうにいた承太郎はまだいるのだろうか。その答えは、扉が開かれた先に立つ大きな影が出した。
「鍵が開いてたから入らせてもらったぜ」
「ひっ!」
「玄関先でへたり込むってよっぽどだったんだな。そんなに具合が悪かったのか」
「い、いや、それよりドアの鍵……」
「かかってなかったから入らせてもらったとさっき言ったはずだが」
「う、うそ。ひとりでに動いて……」
「おいおい。頭は大丈夫か?」
 公子視点、どうやら承太郎は先ほどの異常を認知していない、自分だけが体験した恐ろしい出来事と感じている。だが実際はスタンドを使って鍵を無理やり開けたわけだから、承太郎は公子がここまで怯える理由がちゃんとわかっている。
 近距離タイプのスタンドであるスタープラチナとは視覚を共有できないので手探りであけていたため随分荒っぽい開け方になったのも自覚している。
「まあ、とにかく心配だからあがってみて正解だった。寝室まで運んでやるよ」
「いや、いい!立てる!ていうか帰ってもらって本当大丈夫、お構いも出来ずにごめんねぇ本当いやマジ!」
 咄嗟に立ち上がっての元気アピールをしようとしたがそれは裏目に出る。今朝方医者から貧血気味だといわれていたにも拘らず急な動きをするもんだから、当然ぐらりと視界が歪む。
「……っぶねぇ」
 気が付いたときには承太郎の腕の中だ。嫌いな相手に助けられることが涙が出るほど悔しくて、それに気づかれないように唇を噛んだ。
「本当にもう平気だから」
「いや、お前の言うことはイマイチ信用ならねぇ。彼女にこんなこと言うのもなんだが、手紙だけのやり取りだからか本当に俺のこと好きなのかどうかも疑わしくなってきたぜ」
「……はぁ?」
「なんだそのリアクションは」
「いや、付き合う?手紙?ごめんなんのこと?」
「おい待て。ふざけんのも大概にしろよ。俺はお前にもらった手紙持ち歩いてるぜ。見ろよこれを」
 何だかとんでもない展開に、もうポルターガイストのことは忘れて承太郎が取り出したものに目を向ける。カバンから出されたクリアファイルには、色とりどりの可愛らしい便箋が数枚入っていた。どうも母が部屋を掃除する際に目ざとく見つけてしまうことが心配で常に手元に保管しているらしい。
 手紙に書かれている内容も、親には知られたくないような甘い言葉だった。時系列順に並べてそれをじっくりと読んでいると途中で口から砂でも出てくるんじゃないかと思うくらいにクサい内容だ。
 順を追って説明すると、まず公子を名乗る手紙の差出人が承太郎へ告白する内容の手紙を書く。その最後には「恥ずかしいので手紙で返事が欲しい」とあり、それに対して承太郎はOKの手紙を書いたものを靴箱に入れたという。
「え、受け取ってないし。てかハァ!?OK!?いや、えっ……いや、ここはとりあえず後回しにするわ」
 その後靴箱を通じての手紙のやり取りがいくつかあり、公子を名乗る差出人は極度の恥ずかしがりやなので教室では付き合ってない風に振舞うということを書いている。何度か承太郎はデートに誘ったらしいのだがまだ早いと断られ続けていた。
「だが合点がいった。この手紙を書いた人物は俺に顔を見せることが出来ないわけだからな」
 だがそんな状況をいつまでも誤魔化し続けることなど出来ない。承太郎も一度はこの手紙の主に疑問を抱いていた。が、それを払拭したのがあの教科書事件だ。
 その日の朝、承太郎はいつものように靴箱で手紙を見つける。内容は、「やはりいつまでも手紙だけというのは寂しいので、今日は一時間目の教科書を家に置いてきた。机をくっつけて少しだけ距離を埋めましょう」というものだった。
「俺の登校はいつも時間ギリギリだ。その前に教科書がないことに気づいたお前は別のクラスのダチに教科書を借りに行った。違わないだろう」
「う、うん。でも歴史の授業あったのウチだけだったから結局借りれなかった」
「それを聞いていたニセモノが疑われないように偽装工作を施したってわけだ。お前のダチ本人よりも、そのとき近くにいたヤツのが怪しいな」
「とは言っても朝の教室って大体皆いるし、三クラス回ったうえに自分のクラスでも教科書忘れたって大声で騒いだから計四クラスの女子全員が容疑者になるよ」
「いや、誰からも借りることが出来なかったというのを知っているのはせいぜい最後に回ったクラスと俺らのクラスだから二クラスだな。まあそれでも数は多いか」
 では刑事ドラマにならって動機から洗うというのはどうだろうと提案しようとしたが、文通でもいいから承太郎とつながりを持ちたいなんて女子がほとんどなので無意味なことにすぐ気づいた。
「ヤツは絶対に姿を現さない。下校の道をほんの少し並ぶことも拒否された。徹底的に用心している」
「手紙のやり取りが靴箱なんだったら、そこをマークしておく?」
「ああ。勘付かれていなければ、だがな。俺がお前の家に行ったことはクラスの連中は知ってる。ヤツの用心深さからしてしばらく俺の靴箱は開けない可能性がある」
「うー……じゃあ一応私が見張ってみるよ。しかしまた何で私のふりをしたんだろ」
「そりゃ俺がお前のこと見てるからじゃねぇのか。犯人の明確な目的は分からんが俺と手紙のやり取りをし続けるには告白してOKをもらえる女になりすまさないといけないわけだ」
「ふーん……あのさぁ。ちょっとちょっと恥ずかしいんだけど」
「俺のほうがその数倍恥ずかしいから大丈夫だ」
「それ大丈夫じゃない」
 犯人がのこのこと明日出てきてくれればいいのだが、それはきっとないだろう。偽主人公子は同じクラスだという直感が公子にはあった。きっと、自分にきつくあたっている女子グループの中の誰か。
(だけど、これは私の問題だ。何とか自分で解決しなくちゃ……)


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