小説 | ナノ


 空条家の一室、承太郎の部屋。台風の日であっても遊び歩くのは女子だけではない。十代男子も部屋に集まってホリィに出されたお茶を飲んでいた。花京院は緊張した面持ちで湯飲みに口をつけ、飲み終えると盛大に息を吐いた。
「で、どこからどこまで聞いていたんだい?」
「主人が俺ばっかり見てるとかなんとか辺りだ」
「それもうほとんど全部じゃないか……」
「連絡しなかったお前が悪い」
「はい」
 昨日の午後、いつまでも連絡がない友香は心配になり花京院の家電に何度か連絡をつけようとした。だが当然出るわけがない。携帯電話に電話しようにも番号を知らない。そもそも花京院の個人的な連絡先を知っていそうなのは承太郎くらいのものだろう。連絡網を見て空条家に電話をし、そこで花京院と公子の行方が分かっていないという情報を共有した。
 問題は二人とも黙って見過ごしておかない性格だったことだ。友香は自分が探しに行くと言ってはいたが、女子一人この雨の中出すわけには行かないと承太郎も学校へ向かう。そして敷地内をローラー作戦で探索していたところ、承太郎が小屋に不自然なつっかえ棒を見つけた。
 当然近づく。砂利を踏みしめる足音は台風が全てかき消し中にいる二人には聞こえない。だが中からはその台風よりも大きな声がし、入っていいものかどうか判断に迷った承太郎は、趣味ではないが立ち聞きをして空気を読むことにしたのだ。途中友香が合流したが、待て、の合図を出すとすぐに察してくれたようだ。二人は話し合い、そのまま家に帰ることにした。
「空飛ぶカバンを誤魔化してやったんだから感謝してほしいくらいだな」
「ありがとうございます……」
 花京院も消耗しきっていたのか、承太郎達がいたことに全く気がつかなかった。
「それで、だ。俺はまどろっこしいのは嫌いだから先に直球で聞くぜ。お前は主人が好きで主人は俺のことが好きなのか?」
「そうだよ」
 公子の気持ちを勝手に打ち明けるのはどうかと思ったが、薄々は気づいていただろうから構わないかということにした。
「承太郎は気になる人いないの?」
「いねぇな」
「そ、そうか」
 相変わらず表情を一つも崩さずに即答した。
「で結局行為には及んだのか?」
「嘘だろ承太郎!」
 まどろっこしいのは嫌いとは確かに言ったがあまりにも直球すぎる。お茶を口に含んでいなくてよかったと花京院は思った。
「あの……まぁ、いいじゃないか」
「言いたくないならいいけどよ」
「いや、それが、き……キスしちゃったんだ」
(喋るのかよ)

 翌朝。学校である。台風は既に北上し、都内は昨日の雨が嘘のような青空が広がっていた。
(いきたくねー……)
 と公子は思いつつも自分の席に到着してしまった。
(あー、クラス替えしないかな)
 続々と一昨日の事情を知る面子が登校してくる。そして全員が全員、なんとなく目を合わせない。そういえば公子をあの小屋に最初に閉じ込めた女子は欠席していた。
 承太郎は一番後ろの席から教室を見る。教室の真ん中から少し下がった位置にいる公子と友香。友香の頭越しに公子の後頭部を見ていた。
(主人か……)
 承太郎は今までに何度も告白をされたことがある。方法は様々であったが、基本的には呼び出しにはきちっと応じるし、手紙を渡されれば本人の席に行ってその場か人のいない場所に行って断りの意思を伝える。だが「友達があなたのことを好きなの」というような人任せな告白は返事すらしなかった。今回の場合はどうすればいいのか。
(いや、主人が直接言ったわけじゃないのにわざわざ断る必要はねぇんだが……)
 どうすればいいのかを考えてもどうもしなくていいという結論があるため思考が前進しない。だからといって何も考えずに今までどおりというほど承太郎の神経は太くなかった。生死を共に賭けた親友以上の仲間の恋の障害に自分がなっているのだ。では公子が自分に向けてくれている好意を花京院のほうへ逸らしたいのかと聞かれればそういうわけでもない。
(主人なぁ……)
 あちらを立てればこちらが立たず。思考が完全にループにはまってしまっている。花京院の恋愛の邪魔はしたくない→だが公子に告白されてもいないのにふるというのはおかしい→だからといって公子と花京院をとりもったり自分が嫌われるような言動をわざとするのも何か嫌だ→現状維持のままでいいかとも思うが花京院の邪魔になっているのではないか。

 その日以降、公子が時折承太郎に向けていた視線が不自然なまでに消えた。今まで承太郎が何かに気づいたように顔を上げ視線の主を探すと、サッと顔を隠す照れた表情の公子があった。それがもう、完全に消え失せた。
 花京院を意識しはじめたことで承太郎への未練のような恋心が薄れたのか、それとももう完全に花京院に夢中になってしまったのか。承太郎の観察眼では見抜くことは出来なかった。気がつけば、今までとは逆に承太郎が公子を視線で追っている。それに気づいた公子がふと顔を上げると、承太郎が顔を逸らすのだ。
(俺は一体何がしたいんだ)
 この堂々巡りには、承太郎自身が認めていない一つの感情がある。これが原因でここまで思い悩んでいることに自覚がないのがまたもどかしい。そしてこのような場合、まず気がつくのは周囲の方である。
「承太郎、お昼外で食べないかい?」
「あぁ」
 屋上は立ち入り禁止というわけではないが、よく承太郎が出入りするので近づく生徒は少ない。ここに立ち寄る際は一人になりたいときなので、ファンの女子も屋上までは着いてこない。
「承太郎。前台風の日に君の家に遊びに行ったときのこと覚えてる?」
「?」
「君あのとき好きな女子はいないって言ったけど、今はどう?」
「いねぇよ。大体台風から半月も経ってねぇだろ。なんだってそんな質問するんだ」
「君がずっと主人さんを見ているのが気になってね。自分を好いてくれていると思うと急に気になりだすってよくある話じゃない」
 承太郎の箸が止まる。
「俺が主人に恋慕の情を持ってるように見えるのか?」
「なんか古い言い回しだけど、まぁそうだよ」
「ねーよ。お前が好きな相手をわざわざ好きになるわけねぇだろ」
「承太郎は理屈で恋愛するの?」
「あ?妙にねちっこいな。何が言いてぇんだ。俺に何て言って欲しいんだ」
「主人さんを好きなら、幸せにしてあげて欲しい」
「……無理だな。俺は主人を恋愛対象にしてるわけじゃないし、何より……俺はアメリカの大学に進学するつもりだ」



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