小説 | ナノ

 茶色い板チョコ!ピンクの板チョコ!白い板チョコ!
(違う……私が見たいのはどちらかというと痛チョコだよ……でもそんなもん作るわけにいかない。私が三次元に興味あるフリをするためにも、普通の手作りチョコを作ってるとこを見てもらわないと)
 今年のバレンタインデーは日曜日。つまり学校でわざわざそういったフリをする必要もないわけだ。つまり自分で食べることになるのにレースやリボンのついたラッピングまでそろえなくてはいけないのが悲しいところである。
(でもまぁ自分で食べるんだから自分が好きなように作っていいってのがいいよね)
 文句を言いながらも作り始めると結構こだわってしまうタイプの人なので、チョコケーキを焼いている間にイチゴチョコとホワイトチョコを混ぜて薄く延ばし、冷やしたものをヘラで剥ぎ取って花びらを作る。どこからどう見ても本命チョコそのものである。
(どうせ自分で食べるんだから……)
 溶かしたホワイトチョコを絞り袋にいれて、細い線を書けるようにする。冷やしておいたケーキの上にそれで文字とハートマークをばかみたいに書きまくる。

 のりくんLOVE。すきすきちょーあいしてるっ!

「プッ。おね……お姉ちゃーん、これ、やりすぎかなァー?」
 証拠品を姉に見せて、人間の男の子と付き合っているアピールは完了。爆笑する姉の後ろの机がスマホのバイブでガタガタとなる。
「お。噂をすればアンタのちょーあいしてるのりくんからだよ。ウチ来るって」
「え!?ちょ、勝手に見ないで!」
「表示されてるんだもん」
「視線を向けないで!」
「なーによ。こんなもん見せ付けた後で何を恥ずかしがってんだか」
 慌てて画面をフリックすると、確かに花京院からのメッセージが着ていた。内容は厳密に言えばウチに来る、ではなく、行ってもいいかというお伺いをたてるものだった。
(マズイ。お姉ちゃんがこの内容を知っていると言うことは花京院くんがウチに来ないと不振がられる。だからといって家に上げてはこのバカ丸出しケーキをお披露目することになる。策を、講じねば)
 とりあえずそのメッセージにはOKの返事を出す。ケーキは急いで箱に詰め、冷蔵庫にイン。あとは外で応対してそのあと出かけてしまえばケーキの存在は知られずにすむし、姉には忘れていたという言い訳がたつ。
(そうと決まれば外出の準備!四十秒で支度する!)

 主人家へ向かう花京院のスマホに更に連絡が入る。
[家つきそうになったらラインちょうだい。そのまま外出待てて]
 誤字や変換ミスが散見される文章から、彼女に何かあったことはすぐに伺い取れた。もしかすると部屋を片付けていないとかそういうことなのかもしれないが、今日は二月十四日。花京院の心に一つの願望が横切る。
(チョコ作ってて、それの片付けに追われてる、とか)
 だがその考えは文字通り甘いものだった。よく考えると公子が本当に好きなのは二次元であって、もしもチョコを作っていたとしてもそれはモニターの前に一度供えられ、そのご自分で食べるのだろう。
(まあ、それでも催促するかのごとく家にまで押しかけるのが僕なんだけど)
 言われたとおり自宅付近に着いたのでメッセージを飛ばす。すると玄関前には若干息切れする公子が待っていた。
「やあ。寒いだろう、ごめんね、待たせて」
「ううん!私がやるっていったことだし!で、どうしたの今日は」
「え……あ、いや。今日はフリをしないと、お姉さんに怪しまれないかなと思って」
「あー!そうなんだ、わざわざありがとう!でも大丈夫、ありがとう!」
(まさかどうしたのって聞かれるとは思わなかったな……いや、それより、主人さんからカカオの香りがするのに……僕に上げる分はないってことかな)
 さすがにこの塩対応に花京院がくじけそうになっていると、背後の扉が開く。
「公子、忘れ物」
 出てきた姉の手に下がっているのは、レースとリボンのラッピングが施された悪ふざけにしても恥ずかしすぎるケーキの箱だった。
「外出かけるんでしょ。フォークいる?」
「……あっ、あっ」
(なるほどな)
 物はある。しかしそれは花京院に渡すものではない。このやり取りで花京院はそこまで気がつくことが出来た。だからと言ってこれを花京院に渡さねば姉が不審がることは間違いない。
「僕の家で用意するので大丈夫ですよ」
 箱を受け取ると姉は家の中に引っ込んでいった。自宅へ引き返すわけには行かなくなった。
「よくわからないけど、対応、これでよかったよね?」
「あー……うん」
「ごめん、何かまずった?」
「う、ううん!えっと、色々気を使わせてごめんね。ごめんねついでに、本当に花京院くんのお家にお邪魔してもいいかなぁ?」
「もちろんだよ。行こう」

 花京院は一人暮らしをしている、という噂は以前聞いたことがあるようなないような気がするが、思っていた以上にこじんまりとしたマンションのオートロックを抜けたところでその話を思い出した。
「花京院くん、一人暮らし、だっけ?」
「ああ、うん。月に何度かは親が来るけど」
「だよね、このマンションなんかファミリー向けっぽくないもん」
「ここ。あがって」
 玄関に入ると、生活感のない質素な部屋が公子を出迎えた。例えば下駄箱の上なんかは主人家では消臭剤や車のカギなんかが置かれていたりするのだが、そういったものは一切ない。靴すら今花京院が履いているもの意外は全てしまわれているようで、新居の見学に来たのかと思うくらいにがらんとしていた。
 だが一応キッチンには家電が揃っている。背の低い冷蔵庫と、その上に乗っかっている電子レンジ。IHのコンロもあるが上にフライパンや鍋はなく、全て引き出しの中にしまわれているようだ。
「箱、冷蔵庫に入れる?」
「あー……えとね、これね。よかったら、一緒に食べない?」
「え」
「あ、甘いもの嫌い?てか、手作りだからアレか。いやか」
「全然!むしろ、その……あ、じゃあ僕お茶入れるよ。紅茶でいい?」
「うん。ありがとう。ナイフ借りてもいいかな」
「どうぞ」
 花京院がマグカップを湯で温めているのを確認すると、公子は息をふぅっと吐き出して一気に箱からケーキを取り出した。そして借りたナイフでチョコ文字をケーキの表面に塗りたぐるように動かし字を消そうとする、が!
(チョコレートの野郎……固まってやがる!かくなるうえは!)
 ナイフの先端をチョコに引っ掛けて文字をめくりあげる。が、表面と一体化してなかなか剥がせない。
(頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるって!)
「主人さん?」
「うわぉ!」
 驚きで手に力が入り、丸いケーキが真っ二つに割れる。その亀裂からチョコ文字が沈み、形を崩すことには何とか成功した。
「あ、ははは!形、やばいけど、味、平気!食べられる!ダイジョウブ!」
「ど、どうかしたのかい?」
「イケル!」
 だが花京院はチョコが崩れる前に視界の端に文字を入れていた。読み取れた部分はわずかだが、そこに自分の苗字が入っていたことだけはハッキリとわかる。
(もしかして……期待、してもいいのかな)
 チョコケーキにチョコをかけた糖度ぶっちぎりのケーキを二人で食べながら、花京院は今日という特別な日に特別なものを見た気がした。


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