小説 | ナノ

 不思議と傘ってーのはビニールよりもきちんとしたものの方が盗まれにくい、と思う。花京院と雨の日にコンビニに寄って、出てきたときは花京院のビニール傘だけがパクられてるなんてことが三回位あった。それ以来ハイエロファントを結びつけて店内を物色するようになったんだが、それなら店内に持ち込めばいいんじゃなかろうか。
「店の中が雫で濡れてしまうだろう」
 とまぁ、変なところで律儀なやつだ。コイツはパクられてしまうなら安物の傘を使ってダメージを抑えようというヤツらしい。俺のは家にあった傘を使っているだけなんだが、これがきちんとしたブランドものだからか、中学のときからずっと盗まれたことはない。(俺だって小学生の頃は黄色い傘使ってたぞ)
 だから愛着が沸いたというのもあるが、何より俺は人のものを盗んでテメェだけが濡れずに移動してるヤツってのが気に入らん。見慣れた柄の俺の傘を差して歩いている下級生が裏門から出ようとしたのを見つけたから、俺は濡れるのも構わずボコりに行った。
 傘は取り返せたがさすがにこの雨粒全てを避けるわけにもいかず、びしょ濡れの状態で傘を差すという妙な格好になってしまった。

 今日は快晴からの大雨っつー、急激な変化の天気だった。だからこそああいう傘泥棒も横行するんだろうな。下り坂の終着地点の排水溝から水が溢れかえってきている。当然だが周囲に人気はなく、動いているのは俺だけだった。だから最初、見過ごしてしまった。
「主人。何やってんだ」
「雨宿り。空条君は傘あるのに随分びちょびちょだね」
「うるせぇ」
「ごめん」
 しまった……と思い、自分に舌打ちすると、またしても主人が申し訳なさそうな顔をした。違う。今のは別にお前を責めたわけじゃねぇし、そもそもお前を責める理由がねぇだろう。俺はいつもこうやって、いらん距離を取らせてしまう。
「使えよ。俺はもう濡れてるからよ」
「えっ。いや、いいよ。待つよ」
「迎えをか?止むのをか?」
「えーと……」
 コイツに迎えに来るような親兄弟がいないと知っての発言だ。もちろんそこを揶揄しようってんじゃない。明け方まで止まないこの雨を待つってんならそれは愚策だということをおしえてやりたいだけなんだが……どうもうまくいかねぇな。
「使いな」
「わ、悪いよ」
「いいから」
「あ、じゃあ一緒に、入る?」
「……」
 その図を想像しちまった自分が情けなくなった。一本の傘に入るわけだからそりゃそれなりに密着できるだろーなとか、濡れてなきゃ肩を寄せたりできたのかとか、本人を目の前にして色々と考えちまったことが申し訳ない。
「俺とお前のタッパの差じゃ、二人で使うと意味がなくなるだろうな」
 店先のサンシェードに入らないまま、俺はその場で傘を閉じた。大粒の雨が帽子を叩く音がやかましい。
「使え」
 やはり荒っぽい言い方だという自覚はあるが、俺は傘の柄をポールに引っ掛けて立ち去った。追いかけるには結局傘を使うしかないし、そうなったら俺が濡れたまま並んで歩きゃいい。
 学ランが水を吸って大分重たくなってきた。路駐している車のサイドミラーをチラ見すると、見慣れた傘を差した人影が一生懸命走ってくるのが映っている。俺は角を曲がったところで数秒時を止め、全力疾走で姿をくらませた。アイツのことだから俺に追いつけば傘を返してくるに違いないだろうしな。

「微熱ね。昨日あれだけ濡れて帰ってきたのなら当然かしら」
 今日は学校をサボりじゃなく、正当な理由で休むことになった。
「承太郎、お粥食べる?プリンいる?ヨーグルトにする?チキンスープにする?」
 休むのは構わないんだがこれじゃ体も休まらねぇ。しかし朝から午後六時現在までこの調子を保ってられるってのもすげぇな。
「やかま……げほっ、ごほっ」
「だぁってぇ、承太郎のお世話出来るチャンスなんだもん!昔みたいに母さんって呼んで頼ってくれていいのよ。母さん、隣でご本読んでーって……」
 俺は時々本当にこの女の腹から出てきたのか疑うことがある。そりゃまあこの顔と首の星型のアザからして間違いなく親子なんだが、どうも中身が違いすぎる。
「おい、今玄関なったぞ」
「はぁい。今出まーす」
 部屋が静かになったのはいいが、ヒマだ。別にあのアマにいてほしいわけじゃない。が、何だか随分と昔の話をしていたからつい思い出してしまう。そう、ヒマだから懐古してしまっただけだ。
 俺がまだ母親を素直に母さんと呼んでいた頃。同じようにこの部屋で熱を出して寝込んでいたことがある。今と同じように濡れたタオルを額にあて、隣で本を読んだり歌を歌ったりしていた母さん……いや、あのアマ。
 そういえばあの時も俺は、同じ理由で風邪をひいていた。
「空条君、お邪魔します」
 ふすまが開くと、ウチのガッコの女子制服が目に入った。スカートから覗く膝が折れて、俺の枕元に座る。
「風邪って聞いて。私のせいで、ごめんね」
「……好きでやったことだ」
 この感覚も、覚えがある。俺はコイツに傘を押し付けたのは実はあれで二度目だった。昨日はマリアフランチェスコの傘。ガキの頃は、黄色い傘を。
 そしてあの時も主人は俺の家に見舞いに来た。プリントと傘を持って。
「空条君にこうやって助けてもらったの、二回目だね」
「覚えてたのか」
「空条君こそ覚えてたんだ」



「主人さん!これ、使って」
「……?」
「いいから!」
「えっと、じゃあ『あいあいがさ』して帰ろうよ」
「……!いい!僕はこのまんまでいいから!」
「あ、くーじょーくん!待って!待ってぇ……」



 相合傘というのが当時の俺には恥ずかしくて、逃げて帰った記憶がある。しかしこうやって思い出すと取った行動が全く同じだ。主人から見れば、俺は小学生のままなにも変わっていないガキなのかもしれない。
 見た目や喋り方なんぞは随分変わったんだろうが、それ以上にお前を見る目が変わってしまったことを、どうやって告げればいいんだろうか。何せ俺はいつも、いらん距離を取らせてしまうから。
 熱に浮かされた俺は、そんなことばかり考えてしまう。


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