小説 | ナノ

「八巻、持って来た?」
「あ、忘れたわ」
「うそ!続きめっちゃ気になるのに!」
 公子が騒いでいるのは、友人同士で貸し借りしているマンガのことだ。公子は青年誌で連載されているダークファンタジーを、友人は恋愛モノを、他の友人はギャグマンガを、三人で回しながら読んでいる。公子はその中で、ワガママな男の子とそれに振り回される女の子の恋愛マンガの続きが気になってしょうがないみたいだ。
「公子こそ三十八巻は?」
「え、まだ出てないよ」
「なぁんで未完のもの選ぶかねこの子は」
 今までバトルものばかり読んでいた公子だったが、十七歳という(ギリ)多感な年頃になり、少女マンガも面白いと思えるようになってきた。もちろん少年漫画にも恋愛要素と言うものはあるのだが、そこはやはり男性をターゲットにした作品だ。可愛らしい少女が主人公に一方的に思いを寄せるという展開が多い。
 公子は初めてきちんと少女マンガを読み、イケメンから言い寄られる場面のむずがゆくなるような心地に夢中になっていたのだ。

 ところ変わって大型書店。入り口近くには若手女優とイケメン俳優の巨大ポップが立っていた。足元には今度映画化されるマンガのタイトルがある。それを承太郎はちらりと見ると、そのポップとは反対方向の男性向け雑誌コーナーに向かった。
 シルバーアクセサリーの雑誌をパラパラとめくりながら顔を上げるとそこには映画ポップがある。この映画の原作は、公子が今夢中になっている恋愛マンガだ。
(公子はああいう……線の細い中性的な顔が好きなんだろうか。花京院みてーなタイプの)
 ブレザーの制服を着ている俳優は、歌って踊るアイドルグループの中にいそうな種類のイケメンだ。だがアイドルと大きく違うのはその表情。優しく微笑みかけるとは真逆の、高圧的でイジワルそうなニヤニヤした顔だ。その隣に立っている女優の表情はもちろんそれに怯えて困惑している。
 このマンガ、実は承太郎も読んだことがある。もちろん彼に少女趣味があるわけではない。ただ、自分の思い人が珍しくキャアキャアと女らしい騒ぎ方をしていたので気にはなっていたのだ。そこに母親が映画化される前に原作を読んでおくとコミックスを買ってきた。そして家に誰もいないときを見計らってこっそりと中を確認しただけだ。もう一度言うが、きちんと読んだわけではない。中を確認しただけだ。
 なので主人公の名前も忘れてしまっているが、その主人公の恋の相手となる少年の厚かましさだけはよく覚えている。付き合っていないのに押し倒すわキスするわ服は脱がすわ……。承太郎から見れば歩くセクハラであったが、公子はそれがイイなどとぬかすのだ。
(そりゃま、本の中の話だからだろうけどな)
 しかし日に日に彼女が騒ぎたてているのを聞いていると、その当たり前の前提がボロボロと崩れていく。本当は現実でもそういうことをされたいのではないか?そうやって口に出しているということは周囲の男にそうしてほしいとアピールしているのではないか?と。
 よくセクハラ問題やストーカーで警察に捕まった男の言い分をニュースで聞いていると「んなアホな」と誰しもが思うのだが、自分の好きな女性がそういうことを声にしているところに毎日居合わせてしまうと、思考が徐々にそういった性犯罪者に近づいているような気がしてしまうのだ。主人公子は、俺を誘っているのだと。

 空条家は食事中にテレビをつけない。父が不在のため、食後ホリィから出された茶を飲みながら野球を見ている承太郎の姿は一家の大黒柱そのものだ。
 野球に興味のないホリィは食器を全て下げて洗い物をする。一人になった茶の間のテレビは攻守交替のタイミングでCMに移った。女性をターゲットにした恋愛ゲームの宣伝で、実生活ではまず聞くことのないよく通る声で歯の浮くようなセリフを喋っている。
(こういったのが好き、なんだろうな)
 有無を言わさず女性を自分のものにしてしまう強引な二次元キャラクターたちから目を逸らすように、タバコに手を伸ばした。だが音声はどうしても届く。聞いててこちらが恥ずかしくなるような言葉だし、逆に美少女が「あなたが好き」と言う様なCMも目に入ってもどきっとすることはない。
 承太郎にはこういった類のゲームやアニメのなにがいいのかがさっぱりわからなかった。だからこそ、その理解できないものを自分の好きな人が好きだ好きだと連呼するのが気に食わない。
 そう。気に食わない。たかがゲーム。創作物が公子を奪っていくことはないし、公子に触れることもない。だが、視線と意識を確実に自分から盗んでいる。
 自分の知らない場所へ彼女が行ってしまうような気がして、だからといってそれを引き止める権限のない現状に、少し苛立っていた。


prev / next
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -