小説 | ナノ

 主人公子と花京院典明は、恋人同士……の、フリをすることを約束した仲である。利害の一致と趣味への理解以外に特別な理由はない、はず。
 対人関係において高校生という職業はなかなかに面倒なものだと二人は常々思っていた。それを少しでも軽くさせるための協約。

1)恋人だという前提で友人付き合いをする
2)手を繋ぐ以上の体の接触はしない
3)このことは他言無用である

 題して、恋人協約である。


 主人公子の趣味もゲームである。しかしそれは花京院と同じ趣味、とは言いがたかった。ゲームをしない人から見れば同じ事をしているように見えるのかもしれないが、公子はシミュレーションやRPGなど、やりこみ系コツコツゲームプレイヤー。一方の花京院はシューティングやアクションなど、自分の腕が必要なアクティブなゲームプレイヤー。公子にマリオでもさせようものなら十秒以内に一機失うし、花京院にノベルやシミュレーションを渡すとセリフを捲るボタンを連打する機械と化す。
 二人はゲーマーの顔を自室以外では潜ませていたため、入学から今までそのことを知らずにいた。だがジャンルは違えどゲーマーが休日に訪れる場所は自然とかぶってしまう。公子はキャラクターグッズを買いに、花京院はフライング販売するゲームを買うために、馴染みのホビーショップを訪れていた。
 知った顔が意外なものを手にしている姿を見て二人は理解する。この人は同好の士だと。
「主人さん、そのグッズ……」
「あ、うん。きみがくって知ってる?」
「奇妙な恋愛学園っていうタイトルと、ジャンルとキャラクターと声優くらいは」
「それ知ってるってレベルじゃないよね」
 公子は女性向け恋愛ゲームのマスコットキャラクターがイケメンの格好のコスプレをしているストラップを手にしていた。
「花京院くんのは、ゾンビ撃ちまくるゲーム?」
「うん。明日発売なんだけどね。待ちきれなくて」
「あー、ここ発売早いもんね」
「主人さんもフラゲするの?」
「うん。ジャンルは大分違うみたいだけど」

 きみがくをプレイしているということは、携帯ゲーム機を持っているということだ。同じタイトルのソフトのバージョン違いを一本ずつ持っている花京院は、協力プレイをお願いすることを思いつき翌日の学校で公子に近づいた。
「主人さん」
「ん?」
「えっと、昨日……あ」
 昨日、の単語で公子の顔から血の気が引いた。右手は人差し指が上がって、顔が気まずそうな表情になっている。シーッ、としたいところを寸前でこらえたといったところか。
(そうか。恋愛ゲームをやっていることをあまり知られたくないのか)
「昨日のことで聞きたい事があるんだけど、放課後いいかな?」
「あー。うん、うん」
 とりあえず公子は自分の懸念が伝わったとホッとした。しかしその不自然なやり取りはクラスにばっちりと聞かれ、広められていた。

「主人さんさぁ、花京院くんとなにかあったの?」
「てかまさか花京院くんとこ行こうとか考えてないよね」
「ちょっと生意気かなーって思うんだけど」
(おっ……お前ら、ドラマか少女マンガか!)
 というツッコミを声にする勇気はない。清楚で大人しく見える女子のいきなりの変貌振りに、公子は震え上がった。
 放課後、花京院と待ち合わせる裏門へ行こうとした矢先にこれだ。今頃彼の元には「主人さんは用事が出来た」と伝えにいった女子が到着しているのだろう。
「あの。えーと、花京院くんには私が行かないって伝わってるんだよね?」
「は?だから何?」
「ううん。待たせっぱなしじゃなきゃべつにいい。花京院くんとこ行ってほしくないなら行かないし、このまま私に用事が出来たってことにすれば丸く収まるならそうするから。私も早く帰りたい」
(だって今日きみがくのアニメ見ようと思ってたから)
「あのさ、そういう問題じゃないんだよね。なんでアンタみたいなんが呼び出しうけてるのってこと。どういう手使ったのか参考までに聞きたくてさぁ」
「じゃあ僕が教えてあげるよ。僕は自分を脅すようなクズみたいな女子にも気を使ってあげられる優しさに惚れたからだよ」
 公子を取り囲む女子の背後から、花京院が現れた。不自然すぎる代理の女子に何も気づかないほど花京院はバカではない。
「邪魔」
 たった一言で女子全員を蹴散らすと、二人きりになったところで花京院は携帯ゲーム機を取り出した。
「手伝ってほしいんだ」
「狩り?」
「うん」

 公子がアクションは苦手と言ったが、報酬アイテムを受け取るだけでいいと言われたのでとりあえず公子の本体にソフトを入れ、棒立ちするだけのミッションをこなしていた。
「僕のせいで変なことに巻き込んでごめん」
「ううん。というより、妙なこと言ってたけどアレ大丈夫なの?」
「?」
「惚れたとか、なんとか……」
「あぁ、構わない……じゃなくて、主人さんが迷惑だよね。あんなの」
「あ、いや。多分ご本人登場までくらってるからもうあの子たちが絡んでくることはないと思うから平気」
(あれ、何の話してたんだっけ)
 ゲーム機から派手な音が鳴り、リザルト画面に切り替わった。公子が入手アイテムを花京院のキャラクターの足元にポトポトと落としていく。それを拾いながら花京院は顔も上げずにつぶやいた。
「じゃあ本当に付き合っちゃう?」
「ハァ?」
「あ、ごめん」
「いや、こっちこそごめん。イヤとかそういうんじゃなくて、突拍子もないからつい……」
 と慌ててフォローするものの、何だか気まずい空気が流れる。
「い、いや。主人さん、僕と付き合ってるってクラスに知れ渡ったら、マズイ?好きな男子が他にいるとか」
「ううん。そのー、噂とかそういうやつは全然平気。むしろ花京院くんこそ、私みたいな根暗と付き合うなんて噂立ったらまずくない?」
「僕はむしろその方がありがたいかな。変な女の子にしつこくされることもないし、それにさっき言っ……」
「うっはー。モテル男もつらいんだねぇ」
「あ、ああ……もてるっていうより、僕の上っ面を見て騒ぐタネにしたいだけというか」
「それを日本語にするともてるって言うんだよ。あぁ、そんな大変だから、私に彼女のフリをしてほしいってことか。うん、平気平気。そんくらい大丈夫。てか私も助かるし」
「……ああ。じゃあ、これからよろしく」
「うん。またゲームしようね」

 私たちは、恋人協約を結んでいます。


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