*平安パロ


三成が妻の屋敷に着いた頃、御帳台の中の人物は寝ているようだった。


布越しに妻が安らかに眠っているのを認めると、三成は御帳台に背を向けてどっかりと座りこんだ。


事前に来ると文をしたためた訳でもない、妻が眠っているのは予想できた筈だった。
それでも三成は少ない従者を連れ、ここへやってきた。

相応の地位に就く三成を屋敷へ向かわせようと口うるさく言う者がいたのも確かだが、三成の性格上その小言は今まで徹底的に無視を貫き通してきた。

だからこそ三成がここへ行くと従者に伝えた時、従者は慌てふためいて牛車を用意したのだった。


人払いをすませた為、御帳台の周りは静寂に包まれていた。
灯台に灯された火のみが御帳台を照らす。
ゆらゆらと少し心許ない灯りが三成の横顔を照らし出した。


「君がため

をしからざりし命さへ

ながくもがなとおもひけるかな」


ポツリと呟かれた声が空気を震わせる。
御帳台で身じろぎする気配が三成の背に伝わってきた。


「…妹背になってから、あなた様が来るのを今か今かとお待ちしておりました」


寝起きで上擦った声に三成は目を閉じた。
やけにその声が心地よく感じたのだ。


「三成様、そこではお身体が冷えます、どうかこちらに…」

「いい、好きにさせろ」


困惑とした様子が伝わってくる。
三成は自分の融通が利かない事に心底うんざりした。
あの詩歌を読んだように、この妻の事を思っているのに自分は詩歌を読む事が大の苦手で後朝の文すら、満足に歌をしたためる事ができない。

眉間の皺が深くなる三成と反対に、なまえは笑ったようだった。


「ならお話をしましょう、三成様。夜はまだまだ長いのです」

「…ああ」


三成の気持ちを知ってか知らずかひび割れた心を優しく包むなまえの為に、三成は拙い返事を返した。





▽▲





「お気をつけて、またいらしてくださいね」


やんわりと微笑むなまえにチラリと視線を寄越し、三成は牛車に乗り込んだ。


しばらく何か考えるように御簾を見つめていた三成であったが、屋敷が見えなくなった辺りで牛車を止めさせた。


「硯を持て、文を書く」

「はっ」


従者に手渡された筆を持ち、三成は必死に歌を考え始めた。





▽▲





「なまえ様、三成様から文が」侍女の言葉になまえは思わず破顔一笑した。
まともに後朝の文を受け取った事の無いなまえにしてみれば、それが宝のように思えた。

焚きしめられた香の香りがなまえの胸を高鳴らせる。

たどたどしい手つきでほどいた紙には、何も書かれていなかった。


「まあ、三成様は詩歌を送る気が無かったのかしら」


侍女が憤慨する。
なまえは口を開けたまま、呆然とその文を眺め、やがて至極嬉しそうに微笑んだ。


「あの方は精一杯わたしに恋歌をしたためてくださったのよ」


意味が分からないという風に口を尖らせる侍女になまえは笑う。


「ほら見て、悩んでらしたのね。墨が点々と」


言われてみれば確かにそうだ。
何か逡巡するかのように墨がポツポツと染みを作っている。


「恋歌を読んでくださらなくても、気持ちは通じていますのね」


なまえが微笑んだ向こうで、三成は牛車に揺られまた一つ昔読まれた和歌を口ずさんだ。


「むすぶ手の

雫に濁る山の井の

あかでも人に別れぬるかな」






*注釈

御帳台…天蓋付きベッド

妹背…夫婦

君がため〜
いつ死んでもいいと思っていた
あなたに会うまでは
あなたに会えた今
いつまでもあなたといられたらと
私は願っている

むすぶ手の〜
すくい上げる手からこぼれる雫のため浅い山の井が濁って十分に飲めない
そのように飽き足りないまま、名残惜しい気持ちであの方と別れたことだ______________
「三成でちょっと和風な感じ」
匿名様、リクエストありがとうこざいました!!
和風な感じに仕上がっていますでしょうか!?
和歌とかは私の好みで決めさせていただきまして…趣味に走りました(´・ω・`)
リクエスト、本当にありがとうこざいました…っ




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