血の匂いにすっかり酔ってしまったらしい青年をソファーベットに横たえ、なまえはすっかり止まってしまった血をティッシュで乱暴に拭った。
結局、連れ込んじゃったなあ。
ガサガサとビニール袋をあさり、お目当てのレポート用紙をひっつかみ、ソファーベットに背を預けるような形で早速、机に向かう。
青年の少し荒い呼吸の音と、ペンを走らせる音だけが部屋に反響する。
「人間、なぜ私をここまで連れてきた…」
青年はようやく喋れるまで回復したらしい。
「あそこで死なれたら面倒、もとい少しでも話したあなたが死んだらちょっと後味悪いとか、なんとか」
「面倒だと言おうとしなかったか」
「わたしの名前はみょうじなまえと言います。どうぞよろしく」
「貴様と慣れ合うつもりは無い」
ふん、と鼻を鳴らした青年は満更でもなさそうな雰囲気でなまえは少しだけ安堵した。
「吸血鬼さんはこれからどうなさるおつもりで?」
「…あてなど無い。生きるにふさわしい地へ向かうだけだ」
「それはそれは。あるのかなあそんな所」
「知るか。だが、人間の血を吸って生きるより良いに決まっている」
なまえは返事をするのをやめた。
この孤独な吸血鬼が少し哀れに思えたからかもしれない。
ペンを操る手を止めて、机に散らばっていた飴を手に取り、口へ放りこんだ。
「吸血鬼さん」
「…なんだ」
嫌そうに返事をした青年に、紫色の飴を手渡す。
「甘いものは疲れを軽くするって言うでしょ」
うんともすんとも言わずに青年は飴を口に放りこんだ。
それからどちらともなく無言となってしまい、なまえはガリッと飴を噛む。
もうなまえは、目の前のレポートの事しか考えていなかった。
何分レポートに向かっていたのだろうか。
今にも下がりそうな瞼を擦り、なまえはあくびをかみ殺した。
「なまえ」
「…っ!?」
急に呼ばれた自分の名前に、なまえは勢いよく振り返った。
振り返れば、涼しげな青年の端正な顔がこちらを見ていた。
「な、なんか用でも…?」
明らかにびくびくしているなまえに、青年はポツリと呟いた。
「石田三成。私の名だ、覚えておけ」
「はあ」
今更ながら名前を告げた三成は、いくらか調子のよさそうな顔色へ戻っていた。
「石田さん」
「三成でいい」
「…三成」
「なんだ」
「朝ご飯、一緒にどうですか」
「勝手にしろ」
空はもう明るくなり始めていた。