毛利元就は辟易としていた。
視線の先にはやたらと機嫌が悪い三成が殺気を剥き出しにしているし、家の外では何か不穏な空気が渦巻き始めている。
長い足を組み替え、元就は三成を観察する。
視線は三成の右手に注がれていた。
ぐしゃりと無造作に握りつぶされた紙、あれが今朝見た置き書きである事はすでに把握していた。
そしてなまえがどこにいるのかも。
落ち着きなく歩き回る三成を見、元就は溜め息を吐いた。
疎い。
感想はその一言につきた。
「まだ分からぬのか石田」
「…何の事だ」
今まで無為にまき散らされていた殺気が元就に集中したが、元就は鼻を鳴らして拡散させた。
「己が気持ちすら分からぬのかと言っておるのだ。ここまで来ると、疎いと言うよりもただの阿呆でしかないわ」
「貴様…ッ」
「奴が隣に在る事を望んだは貴様ぞ、易々と手放すのはうつけのする所業…。我に言われねば分からぬとでも申すつもりか、石田」
ぎり、という歯軋りの音がこちらまで聞こえてくるようだった。
「貴様が知ったような口を利く事は許さないッ!毛利、貴様にこの苦悩の何が分かる!一縷の望みすら愚行でしかない、この哀惜の想いのどこが!」
三成に胸ぐらを掴まれた元就であったが、逆に三成の胸ぐらを掴み返した。
「ならば石田、貴様は生き方を他人に定められねば生きていけないと申すのか?そのような事を誰が吹き込んだのかなど、我の知った事ではない。だがな、決するは貴様しかおらぬ、決めろ石田!」
三成は思わず目を見開いた。
対する元就はバツの悪そうな顔をして胸ぐらから手を乱雑に離した。
「なまえは徳川の所よ、早に行け」
それだけ言うと、元就は三成に背を向けた。
「……感謝する」
押し殺すような声を聞きとげると、元就は目を閉じた。
バタバタと凄まじいスピードで足音が遠ざかり、三成の気配はあっという間に消え去った。
「……あのように檄を飛ばすとは、我も老いたか」
室内で元就は自嘲した。