満開の桜。
本堂へ向かう一本道の両脇にたくさんの屋台が軒を連ねている。
「お、なまえじゃないか」
「家康」
まだ肌寒さが残る季節だというのに、家康は服を肩口まで捲りあげている。
「家康ぅうううぅぅ!」
「三成も来てくれたのか!」
「黙れ家康!貴様の顔を見に来た訳ではないッ」
ぎゃんぎゃん、と噛みつく三成をなまえはぼんやりと見ていたのだが、急に手を引かれ人混みの中へと吸い込まれた。
冷たい手の感覚を感じ、顔を上げる。
「元就…?」
顔を上げた先の元就はいつの間にか狐の面をかぶり、厚手の生地で作られた着物を身に纏っていた。
「あのままでは埒が開かぬ、捨て置くのがよかろう」
「それはごもっとも…って、何で変装してるの?」
「我は忍んで下界にいる、上に知れたら厄介だ」
狐の面を少しずらしてなまえを見る顔は、少しだけ嬉しそうであった。
▽▲
右手にはりんご飴、左手には綿飴。
屋台の人々にはどうやら正体を知られているらしい元就は、姿を見つけられる度に何かしらご馳走になっている。
なまえの両手のそれもそのような物で、なまえは少し得をした気分になった。
辺りは少しだけ暗くなり始めていた。
隣で綿飴を口に運んでいた元就が周りを見渡し、一人納得したように頷いた。
「どうかした?」
りんご飴で少しだけ赤くなった唇でなまえが言葉を放つ。
「そろそろ頃合いよ、着いて来るがいい」
着物を翻すように歩き出した元就の手を慌てて掴んだ。
少しだけ驚いたような雰囲気が面越しに伝わってくる。
「迷子になると、大変だから」
「…貴様は年端のいかぬ童か」
「元就からしたら童くらいだよね、おじいちゃ…いだだだだだっ!ごべんなざぁい!」
「ふん」
力いっぱいなまえの頬をつねり、元就は鼻で笑った。
気がつけば本堂から離れた社へと来ていた。
何か言いたげな視線を向けると、面を横にずらした元就と目があった。
いつもしかめっ面をしているとは思えない程の、淡い微笑が表情に現れていた。
「見ておれ、直によい物が見れようぞ」
階段下に見れる屋台をぼんやりと眺めていると、唐突に辺りが明るくなった。
桜に沿うように設置された電球に明かりが灯ったのだ。
その電球は見事に桜を下から照らし出し、幻想的な風景を醸し出していた。
「綺麗…」
ほう、と恍惚のため息を漏らしたなまえの横で元就が愉悦を口元に含ませる。
「天照大神様の光とは比べ物にならぬがなかなか趣があることよ」
元就の言葉になまえはただ頷いた。
▽▲
「そう言えば三成達は?」
すっかり忘れていたらしいなまえが元就を振り返る。
宙に視線を巡らせた元就は「直に来る」とだけ告げた。
その頃、三成は人混みを掻き分け社へ向かっていた。
「…家康めッ」
憎々しげに呟かれた張本人の姿は無い。
散々三成をからかい、激昂する三成の姿を見ると嵐のように去っていってしまったのだ。
すん、と三成は鼻を鳴らす。
風上からなまえの匂いと、元就の太陽のような匂いが漂ってくる。
不機嫌極まりない、といったように眉間に皺を寄せたその時であった。
「三成君」
凛、とした声が三成を呼び止めた。
ピタリと動きを止め、三成は振り返る。
桜の木の下で柔らかく微笑む男に、三成は見覚えがあった。
「半兵衛様…」
「久しぶりだね、三成君」
三成とは同じ銀髪でも数倍柔らかそうな髪を揺らし、半兵衛は目を細めた。