「おはよー…」
いつもよりかすれたなまえの声に、三成はギョッとした。
あは、と覇気の無い顔で笑うなまえはいつもよりとろんとした目で三成を見た。
頬は赤く上気し、目は少し潤んでいる。
「風邪、引いちゃったー…」
にへらと笑ったなまえに、三成は少したじろぐ。
風邪というものとは縁が無い三成にしてみれば未知のものだ。
「…病か」
「うんー。ふらふらする…」
「ふらふら…?なぜ床から離れた!寝ていろッ」
「うう、頭に響くぅ」
「……ッ」
三成は押し黙ってしまう。
そのままキッチンへと行こうとするなまえの肩を引いた時、なまえはぐらりと傾いだ。
慌てて支えるとなまえは息も荒く、虚ろな目をしていた。
「貴様、体調が芳しくないなら大人しくしていろッ」
三成の言葉に反応してなまえは口を開いたのだが声は出ず、ヒュウと空気が零れただけであった。
「………」
三成は小さく溜め息をつくとなまえを横抱きにし寝室へと運ぶ事にした。
▽▲
いつものようになまえの家へとやってきた家康は呆然とした。
というのも、三成がいつになく真剣な表情で林檎の皮を剥いていたからである。
「三成…?どうしたんだ、林檎を剥いているなんて珍しいな」
づかづかと近づく家康に気づいた三成は、素早く包丁を突きつけた。
「答えろ家康」
「ん?なんだ」
両手を上げ、家康は苦笑いをしたまま首を傾げた。
「高熱、及び頭痛。意識は朦朧としている…。これは死病か、なまえは死ぬのか!?」
「は?」
あまりの剣幕に家康は目を瞬かせた。
それから「ああ!」と納得したように頷く。
「ただの風邪だな、薬を飲んで寝れば治る。大丈夫だ」
「今の言葉に嘘偽りは無いな、ありもしない事を私に吹き込んでみろ直ぐに斬滅してやる」
「嘘じゃないさ。さて、なまえは熱があるんだな?ならばワシは風邪薬を買ってこよう、この家に薬は無さそうだからな!」
嵐のように家康は去っていった。
三成は家康が家から完全に出て行ったのを確認すると、林檎を皿に盛ってなまえの元へ歩き出した。
「様子はどうだ」
「先程とそう変わらぬ。交代だ」
ベッドの縁に腰掛けていた元就はそれだけ言うと部屋を出て行く。
三成も言及する事はせず、無言でベッドの縁へと腰を下ろした。
しばらく寝顔を眺めていた三成だったが、なまえの顔が苦しそうに歪んだのを見て額に手を伸ばした。
「悪夢にでも魘されているのか」
汗でへばりついた前髪を分けてやり、そのまま額の汗を拭う。
スッとなまえの目が三成を見た。
まだぼんやりとしてひどく虚ろであったが、今にも泣きそうな目をしていた。
「三成…」
「何だ」
三成を探すように這い出した手を握ってやれば、なまえは少し安心したように瞳を細めた。
「夢は、覚めちゃうけど。ねえ、一緒にいられないかな」
震える声で呟くと、力を使い果たしたようになまえは瞼を閉じた。
三成は少し焦ったが、トクンとなまえの心臓が脈打つのが聞こえて、安堵の溜め息をついた。
「なまえ、貴様が死ぬまで私は消えはしない。…必ずだ」
そう言うと、三成は未だに力のこもったままの手を強く握った。
戻ってきた家康の肩の上で元就はポツリと呟いた。
「仮初めは永く続かぬ。決定的な綻びをそう抱えていられる訳があるまい」
「どういう事だ?」
きょとん、とした家康を一瞥し元就は無感情に言い放った。
「直に奴は消える。吸生鬼としての消滅をむかえよう」
「…そうか」
家康は寂しそうに笑っていた。