「ううっ、寒い…」
なまえはブルリ、と体を震わせた。
チラチラと降る雪は屋内から見れば綺麗だと感じられたのであろうが、いかんせん今は外出中である。
それになまえは傘を持っていない。
体の至る所に積もった雪が寒さを更に際だたせる。
体をぶるぶる震わせながら帰路を歩いていた時であった。
「ん?」
何やら黒い物体が道路の端で雪に埋もれている。
近づくにつれてそれが衰弱し、地に伏した烏だと分かったときなまえは思わず近寄っていた。
「おーい、生きてる?」
羽をつつくと烏は鬱陶しそうに視線を投げてよこしたが、すぐに目を閉じてしまう。
随分と弱っているようで、目を開けたのはそれっきりだった。
「あちゃー、これは相当弱ってるなあ…」
なまえは烏の体を雪からすくい上げ、慎重に雪を体から払ってやると暖かそうな場所はないかと歩き出した。
▽▲
ピクリ、ほぼ同時に元就と三成は身じろぎした。
互いに難しい顔をしたまま人の気配が無い玄関に顔を向ける。
「我の土地に穢れが紛れこんだか…。忌々しい」
「獣の匂いだ、弱ってはいるが」
雪見だいふくを食べられるサイズに切り分けていた元就の手に力がこもる。
三成はというと、すんと鼻を鳴らして眉間に深い皺を寄せた。
近くに感じる匂いはなまえの物だ。
何故獣となまえが接触している。
苛立ちを隠すかのようにギリリと奥歯を噛み締めた三成を見、元就は雪見だいふくを口に放り込んだ。
「易々と本拠地に踏み入る事が出来ようなど、まさか思うておるまいな」
近づいてくる気配に元就は全神経を集中させた。
▽▲
「ここなら大丈夫、な筈」
その頃なまえは、弱り切った烏を少し高くなった枝の上にたからせていた。
軒下に避難させようかとも思ったのだが、猫に襲われてしまうかもしれない。
そう思ってこの木にたけたのだ。
「雪がやんだらお家に帰るんだぞ」
そう言って、なまえは自分が今まで身につけていたマフラーを烏に巻きつけた。
これなら寒くないだろうと思ったのだ。
「お返しはお花でいいよ。ま、分かるわけ無いか」
頭を一撫ですると烏は返事をするように、カァと鳴いた。
賢いなぁ、と笑いながらなまえは見えてきた家へと歩き出した。
「ただいまー」
「獣臭い、近寄るな」
玄関の柱に寄りかかっていた三成から厳しい言葉を投げかけられ、少なからずなまえはショックを受けた。
「え、そんなに?」
「…風呂で洗い流せ。今すぐにだ」
それだけを言うと三成は踵を返して奥の部屋へ行ってしまう。
後には呆然としたままのなまえが取り残された。
「元就ー…へぶっ」
リビングにいる筈の元就に慰めてもらおうとすれば、その当人から何かを顔面に投げつけられた。
「し、しょっぱい!これ塩だよね!?」
「三日ほど日輪に照らされた清めの塩よ。湯船に沈め身を清めてこい、穢れを残した人間が我に近づくでないわ」
テーブルに置かれた古めかしい袋を持たされ、渋々なまえは浴室に向かうのであった。
「…魅入られているなど厄介極まりないわ」
「ならばその元凶を刻むだけだ」
リビングで憎々しげに呟かれた声に、カァと烏の声が混じっていた事は誰も知らない。