ガチャン
鍵のかかる音で三成は目を覚ました。
吸血鬼である三成にとって、日中に起き上がる事は酷く体力を消耗させる事だ。いつもなら隙の一片も見せない瞳が、ゆらゆらと頼りなげに揺れているのがその証拠と言える。
しかも自分の持つ能力の大半を使う事が出来なくなった今、三成はほぼ人間であると言ってもいい。
ましてやここは山も海も無い都会だ。吸血鬼が生きていくに必要な生気など無いに等しいのだから。
存外、私は彼奴を気に入っている。
三成は覚醒したての頭でそう結論を弾き出した。
食事で微々たる生気を得ていても辛いことには変わりはない。だが、居心地の良いなまえの傍を三成はひどく気に入っているのだ。
のろのろとソファーベットから起き上がり、辺りを見渡せばテーブルに用意された朝食が目に入った。
いらんと言っているのだが。
人間もタダでは生きていない、そこは三成も承知している。
だからこそ寝ている日中の食事はいらないと言っているのだが、律儀にもなまえは三成の分の朝食も用意していくのだ。
立ち上る湯気の暖かい匂いとは違う、なまえの持つ独特の血の匂いを超人じみた嗅覚で探し当て、それを辿る。
無事に通学出来ているようだと確認して、三成はふんと鼻を鳴らした。
標準装備として身についているこの嗅覚の他に、あらゆる生物の血液循環を見透かす視力さえも持つ三成だが、それは元から備わる力の半分にも満たない。夜空を飛び回る事はおろか、強靭な体力、力は衰えてしまっているのだ。
だが石田三成というのは真っ直ぐな男で、最初の約束を契約として捉え今でも実行しているのだ。
もちろん、なまえは全く気づいていないが。
とりあえず朝食を片付けてしまおう、と三成は箸に手を伸ばした。
昼下がり。
部屋の中に出来た日陰に座り、三成はなまえから受け取った分厚い本を読みふけっていた。
本というのは暇つぶしに最適なもので、いくら読んでいても飽きる事は無い。
三成がペラリとページをめくった時だった。
ガチャリ
玄関の扉が開き、誰かが入ってくる気配がした。
足音は真っ直ぐリビングへと向かってくる。
日常生活では嗅覚を封じ込めている三成にとって、訝しい気しか起こらなかった。
なまえはあそこまで騒々しく歩かん。
まだ見ぬ侵入者に警戒心を露わにしたとき、ひょっこりて見知った顔がリビングへと顔を出した。
「お、三成。丁度よかった!」
家康は人懐っこい笑みを浮かべ、こちらまで歩いてくる。
「貴様、どうやってここに入った」
「ん?合い鍵を使っただけだが…」
合い鍵という言葉に、少なからず三成は衝撃を受けた。
彼奴、抜けているのかそれとも馬鹿なのか…。救いようのない奴だ。
眉間に皺を寄せた三成に構わず家康は話しかける。
「ワシの祖父がなまえの家族によろしく頼まれているんでな」
これをなまえに渡しておいてくれ、と三成に野菜が入った袋を渡すと、家康は早々に帰っていった。
西日が部屋に入り込むようになった時刻、なまえが帰宅した。
「ただいま、三成」
「家康が貴様に渡せと」
ずい、と不機嫌そうに袋を差し出す三成に苦笑いを向けてなまえは袋を受け取った。
「ありがとー。あ、三成が好きなキノコあるよ?美味しそうなの」
「ふん、これよりも上等なキノコなど腐るほどある」
「でもお店で買うと高いんだよね」
「食いたいなら私が採ってきてやる。そんなキノコ不味いと思う程、上等な物をだ」
自信たっぷりに言ってのけた三成を見ながら、なまえは思い出したように言った。
「そうだ、はい三成。合い鍵渡しておくね」
「合い鍵…」
まじまじと見つめる三成。
「ずっと家にいたんじゃつまんないもんね」
ニコニコとするなまえの額を、三成は勢いよく叩いた。
「いたっ。なにすんの!?」
「だから貴様は馬鹿だというのだ」
頭に疑問符を浮かべたままのなまえから三成は拗ねたように視線を逸らした。