うららかな昼過ぎの大阪城。
至福の時間と言ってもいいこの時間に、ひどく厄介なものを見つけてしまった。

足早に通り過ぎてしまいたい所だが、生憎気づかれてしまったようでニコニコと笑いながらこちらに手を振っている。


「おーい、なまえ。ちょっと助けてくれないか」


道もない茂みの中で黄色が目立っている。

厄介なものの正体は家康だ。
面倒な事に、奴は一見深いように見える落とし穴の中にいるのだった。
どうやらはまってしまったらしい、ため息を吐きたい。


「うわっ、落とし穴?」

「そうなんだ、ワシも運が悪いよな」

「…また三成にはめられたんでしょ」

「ああ、いつの間にこんな深い穴を掘ったんだろうな。いや、まんまとはまってしまった!」


カラカラと笑いながら言われても、苦笑いが出るだけだ。
大体において発案者は三成ではないだろう。
あの男だったらこんな回りくどいやり方はしてこない。とことんアイツは融通が利かない男だから。

というよりなんで家康は毎回こんな罠にひっかかるんだろう。
毎回その場に居合わせるわたしの苦労
を考えて頂きたい。

とはいえ、友人であるこの不運な男を放っておくことが出来るはずもない、引き上げてやらねば。


「手、貸して」

「お、やっぱり助けてくれるか。ありがとう」


落とし穴にはまってしまっている家康を引き上げようと、しゃがんで手を持った。


「よっ…」


続く筈の言葉は喉へ逆戻り、そしてわたしは穴の中へ急降下。

地面にぶつかる衝撃に備えて目をつぶるが、その衝撃は諸悪の根元である家康に回避させられていた。
つまりは引っ張ろうとしたところを逆に引っ張られてしまったのだ。
まさにミイラ盗りがミイラに、そんな状態だ。


「い、家康が引っ張るから落ちたじゃん!」

「ワシは手を貸せと言われたから握っただけだぞ?」


ははははは、と軽やかに笑われると何も言えなくなってしまう。
悪意があるんだか無いんだかよく分からない男だ、とわたしは溜め息をついた。


「あ、溜め息をついたら幸せが逃げるぞなまえ」

「もう逃げてる気がする…」


大阪城の中で家康に会う確率が無駄に高いのは分かってはいたけど、こう出会う度に巻き込まれるとは。
げんなりとしているわたしとは正反対に、家康は嫌味な位ニコニコしている。


「何でそう嬉しそうな訳?」

「ん?決まってるだろう、今はワシとなまえ、2人っきりだ」


鼻歌まで歌い出しそうな家康に、二回目のため息をつく。
この男の底抜けに明るい前向きな所に三成が嫌悪を抱く理由が少し分かった気がした。

早く脱出したくてたまらない。


「早く、誰か助けに来てくれないかな。誰でもいい、黒田以外なら誰でも」

「別に来なくてもいいじゃないか、二日三日は過ごせるくらいの干し飯は持っているぞ」

「その二日三日は穴の中で生活するの!?っていうより、絶対的に水が足りなくなるから!」

「そういうときは致し方ないがここを出て汲みに行くしかないな」

「そりゃあね…。ってここから出られるの?」

「ああ、もちろんだ!」


ここで一回家康を殴っておくべきだと判断したわたしは、腹に一撃を叩き込んだ。
もちろん笑顔でよけられたが。
徳川の大将を名乗っているのだからこれくらいの攻撃、避けられて当然だが少しでも殴らせろ。


「一人で出られるならわたしを巻き込まないでくれる…?」

「旅は道連れと言うじゃないか!」

「断じてこれは旅じゃない、旅であってたまるか」

「そう堅いことを言うななまえ、穴にはまるのは人生の醍醐味だ」


もう一発殴ってやろうかと手を振り上げてから、やめる。
出られるならさっさと出てこいつと別れた方がいい、わたしの中の生気が確実に吸い取られる気がする、いや吸われている現在進行形で。
コイツといるくらいなら三成と打ち合っていた方が俄然マシだ、三成は暴力的なまでに打ち込んでくるけどやる気までは奪わない。


「出られるならさっさと出よう、早急に」


頼みの綱である家康に視線を移すと、即座にこう返ってきた。


「それはできんなあ」

「な、何で?」


わざとらしく顎に手をあて、うーんと考えてなさそうに唸る。




「もうしばらく2人だけでいたいんだ」




ニコニコ。
そんな家康を横に放置して、わたしは切実に思うのだった。


誰でもいいから助けてくれ、と。






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