昨日急に押し掛けてきた異世界の元騎士様、もといエースさんに色々と世話を焼いたわたしは、疲れがとれないまま、次の日を迎えていた。

身支度を整えてリビングへやってきたわたしの目下には、ジャージ姿で寝転ぶエースさんがいる。




「おはよ、なまえ」

起こさないようにそーっとキッチンへと向かっていたわたしの背中に、今起きたとは思えないはっきりした声が投げかけられた。


「おはようございます。…起きてたんですか」


「うん、なまえが起きる少し前にね。そろそろ敬語やめない?君と俺の仲なんだからさ」


「どんな仲だよ、どんな!」


あははははは、朝に似合いすぎる笑い声に「似非爽やか人間め」と心の中で毒づいて、わたしはキッチンに立った。



……………………
……………
……




「それで」


「ん?」


わたしお手製のスクランブルエッグをつつきながら、エースは首を傾げた。


「何でこっちにエースはここに来たの?」


ああ、と心底どうでもいいと言いたげな声が漏れる。
エースにとってはどうでもいい事かもしれないが、わたしにしてみればかなり重要だ。

名前からして箸は扱えないだろう、というわたしの勝手な推測で出されたフォークをくわえて、揺らしながら唸るエース。

そして、急にフォークを手に持ち替え、スクランブルエッグをガチャガチャとかき回した。





「俺、あと三日したら死ぬんだ」





は?
口がポカンと開いたままのわたしとは対照的に、なんともなげな「明日の天気は雨だって」と、でも話したかのような態度で、エースはスクランブルエッグを頬張っている。


「何、で」


「いやー、向こうの世界では時間が不規則に回ってるから、そう短期で死なないんだけどさ、こっちではちゃんと時間が動くだろ?だから、向こうの世界の時間をこっちで清算すると、あと三日なんだよなー」


困っちゃうぜ、と付け足してカラカラと笑ったエースの足を思いっきりテーブルの下で蹴る。

あっさりとかわされた。


「し、死ぬなら向こうで死ねばいいじゃんか!」



自分でも酷い一言だと思うが、意味合いが違う。
どうして、何故、わざわざ自分の寿命を縮めようとするのか。


「ひっどいなー。仕方ないじゃないか、君はこっちにしかいないんだからさ」


「意味が分からないっわたしがこっちにしかいないのが、死ぬ理由にはならないでしょ!?」


「なるよ」




たったの三文字が、わたしの動きを止まらせた。

おはよう、とわたしに言った時と同じ爽やかな笑顔が一瞬だけ、真剣な表情に見えた。
なるよ、という言葉に計り知れない重みを感じた。




「俺が死ぬとき、君が傍にいないと意味が無いんだ」


冗談でも言うようなことじゃないと、お小言を言おうとする口からは排出された二酸化炭素しか出てこない。
肺が圧迫されているような威圧感、苦しい。


「ね、だから俺をなまえの傍で死なせてよ」




口から出された言葉と対照的に、エースの顔は笑顔だ。
だが、わたしにはもうそれが仮面にしか見えなくなってしまっている。


「……勝手にすればいいよ、わたしを道連れにしなければ」


「したい、って言ったら?」


「問答無用で追い出す」


目の前であっけらかんと爽やかに笑っているエースに視線を移すことなく、わたしは朝食を再開させた。


さっき我を忘れて怒鳴ったのはどうしてだろうか、それよりこの奇妙な同居人に何を教えなければいけないのか。

あと三日というタイムリミットを見ないように考えないように、わたしは無理やり自分の頭をくだらない事にフル回転させた。



エースがいなくなるまで、あと三日





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