推測



ピキリと氷がひび割れるような音が頭のなかで流れる。大音量で再生されたその音は俺の理性という大事な大事なパーツなのだろうか。
今日は沢山、色んなことがあった。
それなりに疲れもしたし、その疲れに便乗するかのように眠たい。ぬかるんだ眠気の泥にズルズルと引きずり込まれる意識は、いとも簡単に引き上げられた。
目の前に放り投げられた言葉ひとつで。




「あの、えと霊華っち…?どしたんすか…?」


問うことしか出来ない自分の弱腰加減。もし第三者として宙からこの自分を傍観できたなら、その時俺は間違いなく自分に殴りかかるだろう。このへたれめ、ってね。
俺の弱腰な心に気がつかないのか、彼女はあたふたと状況を話してくれた。眠たいのと慌てているので声も若干高め、だけどゆっくりというおかしな組み合わせ。



なんでも、霊華っちのお婆さん…俺もよくお世話になってたけど、眠れないときは、そのお婆さんと一緒に寝てもらっていたことを話してくれた。
ということは、つまり、

(俺がお婆さんの代わり…?)


だが何故だろう。何故俺をお婆さんの代わりにするんだ?もっとましな相手だっていただろうに。
そういえば過去のメールいわく今まで彼女は、確か働きながらお婆さんと暮らしていたはずだ。もし一人暮らしを始めていたならとっくにお婆さんと寝てもらう癖もある程度なおるだろう。
しかしこの反応だ。これは今でもお婆さんと一緒に寝てもらっていることの証と捉えてもあながち外れはしないだろう。
となると彼女はお婆さんを、うちに置いてきたのだろうか?喧嘩でもしたのかという考えは却下される。今まで何度かお婆さんとの喧嘩の相談は受けてきたし、ぶっちゃけ家出をするほど彼女はこどもじゃない。
かといって職場でのトラブルなんて霊華っちなら大体一人で解決してくる。あの性格から敵は作りやすいけど、強いから。これも高校時代とメールを知るからこそ言えること。


なら、どうして











「一緒に布団に転ぶだけ、だから」

誤解を受けぬようおずおずと口を開くけれど、耳に音がぬかるんで入ってきて奇妙な感覚がする。
彼は優しいから、多分、いやきっと了承するのだろう。しかし顔が、彼の顔に、綺麗な顔の額にシワがよっている。何かを推測しているかのような、例えるなら洋画の探偵辺りに似た顔。
どうしたの、そう声をかけると、何でもないよと返される。
よかったと胸を撫で下ろした矢先、ふわりと肩と抱かれる。え、と顔をあげると、涼太君がこちらを見ていた。
彼の綺麗な笑顔が、一瞬だけ、おばあちゃんに重なって見えて泣きそうになる。あたしのことを思ってくれている人の浮かべてくれる笑顔だった。ドキリ、とした。涼太君のあの笑顔に、心音が高鳴ったのを感じた。頬に熱が集まるのを感じて少し顔を俯ける。
「ほら、寝て?」と彼に促されて、ベッドに寝かされる。
いざ転んでみると、頬の熱も、動悸も、すべてが心地よいものに感じ始めた。そして彼へ「ありがとう」と微笑んだか否か、そのタイミングであたしの意識はぐいと眠りの世界へ引き摺り込まれていった。






無事寝た彼女の髪をさらりと撫でる。
眠る前に浮かべた涙と少し苦しげな笑顔、赤くほてった顔、触れた体から伝わる音、可愛らしい笑顔。一つ一つが、俺の心を掴んで離さない。
まるで稲妻が走るかのごとく、俺の体を何かが通りすぎていった。

パリンと音が聞こえた。何の音かなんてもう知らない。関係ない。
ただそう、君の唇をいただきたくなった。ただそれだけのことなのだから。







ベッドに横たわる自分以外のやわらかな感触と

君が浮かべた涙

俺は正解へとたどりつく

あの人のお婆さんに、何かあったんじゃあないかと








<推測>


秘密の口付け



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