おかえり




突然の提案は俺の思惑をおよそ180度ほど大きく裏返したものだったから、数瞬モノが言えなかった。提案者である彼女は、ベッドの上で髪の乱れも直さないまま俺へ頭を下げたまま、動かない。
沈黙。霊華っちの思いが、正直わからない。
彼女が隠しているコトから逃げるため、それはわかるけれど、それでも。
数年ぶりに出会った親友男子に同姓を申し込むなんてよほど…


(よほど緊迫した状況じゃなきゃ、こんな事、言わない。)



彼女には過去の俺の荒れてた時期とか、色々助けてもらっている。彼女がいなければ俺は間違いなく今の俺ではなかっただろう。
それになんでだろう、彼女が近くにいてほしくなった。それは小さい子どもが母親に抱く感情……に、似たものだと肯定しておく。
なら、



「……荷物、運ぼっか」



受け入れたっていいんじゃないの?






涼太君の肯定の言葉を聞いて、
頼んだ側ではあるけれど驚きを隠すことは出来ない。まさか本当に認めてくれるなんて。


何故あたしは久し振りに会った涼太君にこんな大切なお願いをしているんだろう。
ここまでくるとある意味謎だった。
なんと言えばいいのか、涼太君の存在、声、動作、表情。それらすべてが私を安心させるから、だろうか。
わからない。わからない。わからない…わからないけれど、そう感じるのなら心に従うことに決めた。



その日の夜。
あたしは最低限必要な荷物をボストンバックに詰め、涼太君の家を訪れた。夜見るとライトアップされてて昼間より高級感がある。
インターホンを鳴らす。

「はっ、はいっすー!!」


中から響く涼太君の間延びした声は、間延びした、と表現は出来るけれど、どことなく緊張感が感じ取れる。やっぱり少し緊張してるんだ。

ガチャリ、と音をたてて涼太君は姿を現した。昼間のラフな服装とは違って、今は少しお洒落な服装をしている。
着こなす服は今季の新作、しかも発表はあと数ヵ月後だったはずのモデルだ。それに涼太君の顔にも男性用メイクでよく使うパウダーやアイシャドーがつけられたままだという所をみて


「……お仕事お疲れ様、だね」

「あれ、バレちゃうんすね…流石霊華っち。」


エヘヘと笑いながらあたしを家へと招き入れる彼の手は、大きい。やっぱり男の子なんだ。
あたしが玄関のサッシを越えたところで、ふと涼太君の手が離れる。

どうしたの?
彼の顔を見上げると、


「おかえり」


久し振りの、優しい響きだった。




<おかえり>




理由なんてない。

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