※成人に年齢操作/軍人






「帰ってたんだ」



私の声にバダップは「ああ、」と淡白な返事を寄越した。視線は国営放送のニュースに注がれたまま。
濡れた髪をタオルで拭きながらテーブルに目を向けるとどこの店にでも売っている安いアルコールの缶がいくつか並んでいる。弱いお酒、バダップは強いからあんなものでは酔わないはずだ。



「任務は?」

「先程終了した」



王牙学園を卒業してからバダップは周りの予想と期待を裏切ることなく軍人となった。私は軍医としてバダップと共に軍に入ったが、見習いも同然の私と早々に実力でそれ相応の地位を手に入れたバダップとでは忙しさも違う。
任務を割り当てられることも多くなり、バダップと私は同じ家に住んでいるとはいえ滅多に会わない。昔は少し会えないだけでバダップの身を案じたり寂しさを感じていたのに、今では一言交わすだけ。バダップはどう思っているのだろう、この人が何を考えているのかは王牙にいた頃からわからない。

ニュースが流れ続けている。バダップは興味がある様子もなくそれを眺めながらまた一本の缶を開けた。
プシュ、と缶を開ける音と充満したアルコールの匂いが更に濃くなる。その様子をぼんやりと眺めてバダップの着る軍服が新しいものであることに気付いた。怪我をするような任務ではなかった、ならば何故?



「軍服…どうしたの?」

「……支給されたので軍で着替えてきただけだ」



バダップはあくまでもテレビから視線を離さない。
適当な相槌を打って私は軍服に触れた。ぱり、としていて触れると尚更新しいというのがわかる。それと同時に気付きたくないことにまで気付いてしまった。微弱に漂うこの匂いは、女物の香水だ。
バダップは香水なんて付けないし、まして女物なんて。ならばつまり、そういうことなんだろう。数分一緒にいたくらいではこの匂いは移らない。
人は見た目で判断すべきではないというのはまさにこのことだろう。バダップみたいに真面目な人間だって浮気はするし、ミストレのような人間の方が一途だったもする。



「…ねえ、バダップ」

「なんだ」

「私のこと、愛してる?」



少しだけ驚いた様な眼差しがやっとテレビから私に移る。私はどんな表情をしているのだろう、自分の顔の筋肉がどのように動いているのか把握できない。笑っていると思う、でも確信はない。
バダップは私を見つめ、すっと目を細めた。



「愛しているが」



まるで任務の報告をする様に生真面目な表情のまま淡々とした声。物悲しささえ感じない自分が不思議。

いつからだろう。
態度から愛を感じられなくなり、言葉を信じられなくなって、諦めるようになってしまったのは。
けれどひとつだけ確信できる、彼にとって私は最早必要とは言えないのだ。愛しているわけではないのだ。それでも彼が愛を囁いた、それは彼の優しさに他ならない。



「…ありがとう」



優しい嘘を、ありがとう。

私の言葉に今度こそ目を大きく見開いたバダップの、この虚を突かれた表情だけはきっと永遠に私だけのものだろう。














嘘が煌めく夜の話

時間は戻らない。この夜が明ければ私とバダップは他人となる。それでも私は幸せだった、いつまでも消えないこの記憶を人は思い出と呼ぶのだろう。



















主催企画羊水に提出