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ふと、そこでリカードはとある事を思い出した。
この写真に写っているのはリカード、そしてロゼッタ。この写真の存在を知っている者はまだ少ないが、本人は知っているのだろうか、と。
それに、まだ早い時間なのにリーンハルトの姿が離宮にあるのも不自然だ。
「……写真、あいつに見せてないだろうな?」
「はは、どっちだと思う?」
きっとリーンハルトの特技は人を苛つかせる事だろう。先程から彼と話していると、異常な程苛々してくるのだ。
リーンハルト本人は自覚があるのかないのか知らないが、爽やかに笑っていた。
「しいて言うなら、直接的には見せてないよ。ま、撮ったのは俺だけどねー」
「貴様っ……!」
「あんたが犯人だったのね!?」
ここにいたのはリーンハルトとリカードだけである。突如聞こえてきた少女の声に、二人は振り向いたのだった。
そこにいたのはアルブレヒト、シリルを連れたロゼッタ。身内の犯行に、驚いた様な表情で立っていた。
「ハルト! あなたが撮ったの?!」
「あは、バレちゃった」
「可愛い子ぶらないで。正直、気持ち悪いわ」
大の大人が可愛らしい口調をしても、ただ気味が悪いだけである。笑っているリーンハルトを、ロゼッタはキッと睨みつけた。
「軍師、悪戯にしては度が過ぎるのでは?」
すると、ロゼッタの後ろにいたシリルが一歩前に出た。普段は頼りなさそうに見えて、何だかんだ言っても彼も頼りになる時もある。
「怒ってるの? シーくん」
シリルが怒ったところで所詮怖くない、と思っているのだろう。リーンハルトは表情を崩す事無く、シリルを見た。
「ええ……ですが、怒っているのはこちらだと思いますけどね」
こちら、と言ってシリルが向いたのはアルブレヒトである。彼は既に腰のニ対の剣を抜き、切っ先をリーンハルトに向けていた。
アルブレヒトの表情は怖いほどの無表情である。
「えー? そっち?」
アルブレヒトから痛い程感じられる殺気に、 流石のリーンハルトも息をのんだ。見た通り、リーンハルトは武器を所持していない。つまりは丸腰。
だが、容赦という言葉をあまり知らないアルブレヒトは剣を手にじりじりと近寄ってくる。
「ロ、ロゼッタお嬢さーん……?」
助けを求める様にリーンハルトはロゼッタを見る。
彼女はにっこりと笑った。
「アル、今日は手加減しなくても良いと思うわ」
「酷い!」
「うむ。ロゼッタ様への害は、自分が取り除く」
その後、リーンハルトは数時間に及びアルブレヒトと鬼ごっこを繰り広げたのだった。止める者などおらず、シリルさえ今回は仲裁はしなかった。
逃げていくリーンハルトを見ながら、呆れた溜息をリカードは吐いた。変態な上司ながら、またもや彼の暇つぶしに巻き込まれてしまったのだ。心身共に疲れたと言って良いだろう。
「リカード、写真の事、なんだけど……」
気付けばいつの間にかロゼッタが彼の横にいた。
彼女の姿を見て、つい咄嗟に彼は写真を軍服のポケットに入れてしまった。その理由など、彼自身も分からない。
ちなみに写真は彼女の死角にあったので、持っていた事はバレていないらしい。
「あー、あれな……しょ、処分した。だから気にするな」
「え、ええ、そうね」
そう言って安堵の表情を見せるロゼッタだが、彼女のスカートのポケットには写真が入っていた。勿論、捨てるという事など考えてはいなかった。
((捨てられなかった……))
捨てるとなると躊躇われる。どうしようもなくモヤモヤとした気持ちに、二人は悩まされるのだった。
あんな騒動があったせいで、二人の間は更に気まずい。視線を合わせない二人は、どこかを見ながら話をどう切り出そうか考えていた。
「……そ、そうそう、午前中に苺のタルトを焼いたの。この前のパイのお礼も含めて……みんなで食べない?」
最初の部分は少しだけ上ずった声が出ていた。こんな風にリカードを誘うのは初めてだろう。ロゼッタは若干緊張の面持ちでリカードを見上げていた。
「……それ、食えるんだろうな?」
「失礼ね。あんた、皮肉とか嫌味とかしか言えないの? 食べられるに決まってるじゃない!」
「仕方ない、なら食ってやる」
「偉そうに……」
ギクシャクとしていた二人だったが、すぐにいつもの様に口喧嘩を始めている。リカードは仏頂面で嫌味を、ロゼッタは不機嫌な顔でそれに反論。
それでも、二人はまた並んで歩くのだった。
これで案外楽しいと互いに感じているものの、それを口に出す事はなかった。
end
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