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「急にどうしたのシーくん……?」
リーンハルトやリカード、ロゼッタにすら緊張が走った。この流れは既視感を感じる。まさかね、と思いつつも嫌な予感がするのだ。
「ロゼッタさんをお迎えに参りました」
ニコニコと笑顔で言うシリル。うっかりその笑顔に流されそうになるものの、違和感を一つ感じた。彼はいつも彼女のことを様付で呼ぶ。しかし、今彼は確かに「ロゼッタさん」と言った。
礼儀を重んじる彼が姫君である彼女に、馴れ馴れしくさん付けで呼ぶ筈がない。
「単刀直入に聞くぞ、シリル。お前結婚したか?」
まどろっこしいと感じたリカードの問いは本当にストレートだった。
「えっと、それはリカード達もよくご存知では?」
今来たばかりで状況を知らないシリルは首を傾げていた。
「いいから、はっきり言え」
「はぁ……ロゼッタさんと昨年結婚したばかりですが」
リカードの剣幕に押され、シリルは困惑した表情で答えた。
自称夫五人目の誕生である。
リカード、ノアからは重い溜息が聞こえてくる。ロゼッタも溜息を吐きたいくらいだ。
イマイチ皆の状況を把握していないアルブレヒトとシリル。仕方なしにリーンハルトは今までの流れを説明。全員がロゼッタの夫を名乗っている事を全員が把握したところで、皆が一様に眉をひそめた。
「どういう事だ、これは。全員がロゼッタの夫だと言い張るとは。質の悪い冗談は止めろお前ら」
「落ち着いて下さいリカード。しかし、結婚したのは事実ですし……」
「全員嘘言ってる様には見えないしね」
うーん、と一同頭を悩ませるが答えが出るはずもなかった。それぞれが答えた結婚時期や王位継承権の有無についてはバラバラだった。
「……ここは姫様に聞くのが一番じゃないの?」
「え?」
「ロゼッタ様は、誰が好き……?」
「ええ……!?」
全員の熱い視線がロゼッタに注がれる。その視線は期待と不安が入り混じり、それぞれ求めている解答はバラバラだった。
出来るならば一番触れて欲しくなかった所だ。今の段階で正直誰が好きかなんて聞かれても分からない。
「ええっと……」
ロゼッタは一歩後ろに下がるがジリジリと男性陣がにじり寄ってくる。
全員が自分の名を呼んで欲しいと思っているのはひしひしと感じるが、今のロゼッタに一人に絞るのは難問だった。
全員良い人だという事は知っているし、感謝も十分している。だがそこに恋愛感情はない。
「ロゼッタさん、どうかお答え下さい。全員が貴方の心を知りたいと思っています。そして出来る事ならばそれが私であれば、いいのですが」
「……姫様、早く帰ろう僕らの家に。城に返す気もないけど」
「おい、さっさと答えろロゼッタ。まさか忘れたとは言わせないぞ」
「俺の腕の中に戻っておいで、ロゼッタお嬢さん」
「ロゼッタ様……自分はその……一緒に、居て欲しいです」
ジリジリ、距離も焦燥もにじり寄ってくる。男性五人に詰め寄られるのはなかなかの迫力だ。迫力があるものの、それは暴力的な意味合いではない。もっと色気のある、艶やかな意味合いだ。
「え、あ、あの……!」
気付けば壁にまで追い詰められた。背には壁、これ以上下がれない。
「ま、待って……! 皆で勝手に話を進めてるけど、私全然覚えがないの! 王位継承権がどうなったのかも知らないし、結婚した覚えもないし……!」
意を決して頬を紅潮させたロゼッタは叫ぶ様にずっと伝えたかった事を話す。
その姿はさながら捕食されかけのウサギのようだった。びくびくしながら上目遣いで五人を見上げる。
彼女の告白に、五人は追い詰めるのを止めた。
「これは、どういう事だ?」
「そういえば先程から様子がおかしかったですもんね。覚えていない、という事でしょうか……?」
そうそう、と言いたげにロゼッタは何度も首を縦に振った。とりあえず皆が止まった事で胸を撫で下ろすが、問題は解決していない。
だからここは一先ず抑えて冷静に話し合おう、と言おうとした瞬間だった。
「……じゃあこれからの姫様次第ってこと?」
話は彼女が思った通りには進まない。ぽかんと口を開けたまま全員を見渡すと、何故か全員思案顔。
「ああ、成程。つまりロゼッタお嬢さんにどれ位愛情表現できるか、にかかってるわけだ」
「ロゼッタ様に、愛情表現……?」
あのアルブレヒトでさえ、真剣に考えている。
「ちょ、ちょっとま……!」
何やら不穏な空気を感じて身動ぎするが、がっちり退路を塞がれている為ロゼッタは逃げられなかった。再び全員の視線が彼女に集中する。
「はは、逃がす気はないよ。強きなとこも、少し怯えたとこも煽られてる気しかしないね」
右側に立たれたリーンハルトに腕を捕まれ、耳元で低く囁かれる。耳朶に触れるか触れないかの距離で、ぞわぞわと鳥肌が立つ。ただ嫌悪感はなかった。甘く優しく、絡めて取られる様にあっけなく彼女は立ち尽くす。横を見ると優しげなリーンハルトの顔が近い所にあって彼女を見つめる。
居た堪れなくなり、赤い顔を反らすと頬にまで指先で触れてくる。さらりと撫で、彼女の顔の横の髪を丁寧に耳にかけていた。
「どうか、愛しい貴方に触れる事をお許し下さい。愛しています」
一方では、左側に立ったシリルはそう言って彼女の銀色の髪に紳士的に口付けを落とす。それ以上触れようとはしないが、髪から熱が伝わりそうで恥ずかしさにロゼッタは息を呑んだ。
熱っぽいシリルの視線は初めて見た。いつもは柔和に細められる知的な瞳が、今日はよく知っている人物の、知らない面に身を強ばらせる。
「生涯共にいると誓おう。騎士として絶対に全てから守る……だから、側に居ろ」
床に片膝をつき、掴んだロゼッタの右手の甲にリカードが乾いた音を立て口付けをする。忠誠を誓う騎士というより、一人の男として愛を誓っている姿だった。
案外男の人の唇も柔らかいと考えつつも、今の状況が段々とよく分からずぼんやりとロゼッタは考える。乞う様に、リカードの唇は手の甲から移動し、指先まで啄む様に何回も乾いた唇が押し付けられる。
「……好きだよ、姫様。昔よりずっと。姫様しかいらないよ、僕は」
いつの間に背後に回ったのだろうか。後ろから腰に手を回し、ノアが愛を囁く。髪の匂いを嗅ぎなら、彼女の髪を鼻先で掻き分ける。そして見えて項(うなじ)に何度もキスした。
恥ずかしさとくすぐったさで「やめて」と殆ど言葉になっていない声を出すが、ノアが聞き入れる気はない。
腰に回された手にも更に力が入っている。
「ロゼッタ様、必ず、最期までお側に居ます……」
はにかんだ笑顔のアルブレヒトが空いた左手を握った。キス等をする事はなかったが、彼女の体温を確かめる様に指を絡めて離すまいと掴んでいる。
少しだけ彼の瑠璃色の瞳に不安の色が滲んでいるが、払拭する様に彼女の手を持ち上げ頬を摺り寄せた。
「ねぇ、姫様、これで全員思いを告げたよ。姫様の答えは?」
「だ、だから、誰かを選ぶとか……ちょ、ちょっと…ま……!」
さぁ誰にする、さぁ誰を選ぶ、迫ってくる視線と至る所に落ちる口付け。息をつく暇もない状況に、次第に彼女の視界は暗転した。
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