短篇 | ナノ
8


 リカードの部屋に案内され椅子に座らされたシリルは、ロゼッタ、それから中身の入れ換わったリカードとリーンハルトに今までのことを説明された。
 最初シリルは半信半疑で話を聞いている様だった。それもそうだ、中身が入れ換わったなんてまるで夢物語。何かの冗談としてとれない。
 だが、実際に喋るリカードとリーンハルトを見て、シリルもまた信じざるをえなかった。

「信じるしかないでしょうけど、まさか……」

 シリルは絶句していた。

「それで、元に戻す方法を探してるんですけど、シリルさんは何か思い付きませんか?」

「入れ換わったなんて症例見た事ないですし……難しいですね」

 まじまじと二人を見ながら、シリルも顎に手を当てて考え始める。しかし彼がいくら優秀な文官でも、こればかりはどうしようもない問題だった。
 ロゼッタ自身もこれが無茶振りであることは重々承知している。だがこれは最早彼女の手に余る問題なのだ。

「昔小説で見ましたが……入れ換わった時と同じ衝撃を与えると治っていましたね」

「同じ衝撃……」

 ということは、二人がもう一度頭をぶつければ良いのだ。内容は簡単だが、実際にするとなるとなかなか難しい様な気もする。
 ロゼッタが二人を見ると、案の定二人は嫌そうな表情をしていた。

「いやいや、シーくん、簡単に言うけどもう一回頭を強打とか……」

「ああ、俺もハルトと同意見だ。何が悲しくて、こいつとまた頭をぶつけ合わなければいけないんだ」

 確かに頭をわざとぶつけ合うというのは嫌な作業だろう。ロゼッタももし二人のうちどちらかと頭をぶつけろと言われても、嫌だと即答出来る。だが、この状況では話は別なのだ。

「本当にいいの? そしたら二人とも一生そのままよ? リカードは一生リーンハルトのままでいいの?」

「……それを聞かれると頭が痛いな」

 リーンハルトと頭をぶつけるか、それとも一生リーンハルトの姿で生きるかを問われればリカードとしては前者を取るしかない。リーンハルトの姿で一生を過ごすなど、彼にとって拷問にしかならないのだから。
 やるしかないな、とリカードは重い腰を上げた。元に戻る為なら、出来る事は何でもするしかないと既に目が据わっていた。

「え? 本当にやるの?」

 リーンハルトは正直どうでもいいのか、痛い事はしたくないと渋っている。ベッドの上に座ったまま動こうとはしなかった。

「行くぞハルト! このままでいて堪るか!」

 やる気となったリカードに、リーンハルトは半ば引き摺られる様な形で部屋を出て行った。ロゼッタとシリルは慌てて二人の後を追ったのだった。


       ***


 その日アルブレヒトは珍しく地下室から出て来たノアを連れて廊下を歩いていた。
 何故ノアが部屋から出て来たかと言うと、部屋に買い置きしておいた紅茶の葉がとうとう切れてしまったからである。これを機に無理矢理彼はノアを外へと連れ出した。外と言っても、離宮内の厨房にお茶の葉を貰いに来ただけだが。
 ただ離宮内を歩いていただけだというのに、茶葉の入った瓶を両手で持ちながら黙々と歩くノアの顔からは既に精気が抜けている。それ程外に出るのが嫌なのか、と引き籠りな兄にアルブレヒトは溜息を吐いた。
 すると歩いている先が何だか騒がしい声がしていた。

「……兄上、あっち騒がしい」

 厨房にいるおばさんから貰った棒付きの飴を口の中で転がしながら、アルブレヒトは前方を指差した。何人かの話し声、時折怒声が入り混じって聞こえてくるのだ。
 この離宮の廊下でここまで騒ぐ人はまずいない。何かあったのだと考えるのが妥当だ。

「……僕はどっちでもいいよ。早く部屋に戻りたい」

 眠そうな目を擦りながら、ノアはだらだらと歩いている。

「でも通り道。何があるか、確かめる」

 どうせ声がしている方向を通らなければ、ノアの地下室へは戻れない。
 僅かな好奇心がアルブレヒトにはあった。ノアの服の裾を思いっきり引っ張り、声がしている方へとアルブレヒトは歩を進めた。
 そしてアルブレヒトとノアが声の聞こえる所へ来ると、目の当たりにしたのは衝撃的な光景。

「はい! じゃあ十二回目行くわよー。合図したら二人とも歩き出してね」

 何故かアルブレヒトの主人であるロゼッタが指揮をとっており、それにリカードとリーンハルトが従っている。しかも、廊下の角を利用して何故かタイミングを合わせて二人は歩き出し、わざとぶつかっていた。その度に二人とも痛そうな声を上げ、また同じ位置に付く。そして同じ事の繰り返し。
 そんな二人をシリルはただ心配そうに見守っているだけ。
 この大人達は何をやっているのだろうか、とアルブレヒトは真っ先に思ったが口に出さなかった


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