短篇 | ナノ
7

       ***


 そして現在に至る。
 自室に飛び込んだリカードは目を剥くようなその状況に絶句した。それはまるで自分がロゼッタを襲っているような光景に見えたからだ。いや、襲っているような光景ではなく、実際に彼の体はリーンハルトに悪用されて彼女を襲っている。
 右手はロゼッタの両手を拘束し、左手は彼女の太腿を掴んでいる。目を覆いたくなる程の光景に意識が遠くなりそうになるのを感じた。

「え? ハルト……?」

 当のロゼッタはぽかんと部屋に飛び込んできたリーンハルトの姿をしたリカードを見ていた。最も、今の二人の姿からはそう思うのが妥当である。
 もっと抵抗しろだの、何故赤くなってるんだだの、自分はあの変態じゃないだの、言いたい事は沢山あった。しかし今はそれ所じゃなく、まずは目の前の黒髪赤目の男――リカードの姿をしたリーンハルトをとっ捕まえるのが先である。

「お前……! やっぱり人の体を悪用しやがったな!」

「結構到着早かったね。あともう少しだったのに」

 何がもう少しだったのか。それはもう聞きたくない。
 そう言ってリカードの姿をしたリーンハルトはにやにやとリカードを見て笑う。彼にとってはリカードの邪魔は想定の範囲内、むしろ待っていたと言っても過言ではない。慌てふためく彼の姿が見たかったというのも理由の一つだろう。

「あれほど……あれほど仕事しろと、俺は言ったのに……!」

「だって、こんな面白そうな状況で何もしないって損じゃない?」

 そんなわけあるか、と声の限りリカードは叫んだ。
 リーンハルトの悪ノリのせいで一番被害を被っているのはリカードだ。そしてロゼッタもである。むしろ彼が行動を起こす度に、周りの損害は増えていく。リーンハルトのお陰で今日周りに与えたリカードのイメージは確実におかしな方向へと進んでいるだろう。

「えっと……」

 一人展開についていけてないロゼッタは困惑の表情で二人を見比べた。二人の会話はいつもの様な気がするのだが、言動や行動が真逆なのだから違和感を感じて当然だ。
 こうなってしまったものは仕方がない。固まっている彼女にリカードは重い溜息を吐きながら、今日二人の間にあった事を洗いざらい話したのだった。





「……つまり、二人は中身が入れ換わったの?」

 そうロゼッタは問い掛けるものの、彼女の自身の声音からあまり信じているようには思えなかった。当たり前だ。普通ならば頭をぶつけただけで中身が入れ換わるなんて話信じる方が可笑しい。
 だが、リカードには「そうだ」と答える他ない。信じてくれとは頼まないが、これは真実なのだ。

「どうやったら戻るの?」

「それが判っていたら、今ここにこの状態でいるわけないだろう」

 腕を組み不機嫌な面持ちでリカード――体は勿論リーンハルトは答えた。それもそうね、とロゼッタも溜息を一つ吐いた。
 彼女はまだ完全に信じたわけではない。しかし、リカードはこんな馬鹿みたいな嘘に吐き合う様な性格ではない事くらいは知っている。という事は、彼は本当の事を言っていると信じるしかないわけだ。

(ぶっちゃけ……この光景気持ち悪いわね)

 ロゼッタは二人を見比べ、心底そう思った。普段は仏頂面のリカードはへらへら笑っているし、リーンハルトは不機嫌そうに壁にもたれているし。
 人の中身が入れ換わるなんて話聞いたことは無いが、とにかく元に戻す事が先決。ロゼッタは懸命にその方法を考えた。

「……誰かに相談するのも、手よね」

「誰かにって、誰にだよ」

「うーん……ほら、ノアとか」

 最初に浮かんだのは離宮の地下に住まう魔術師のノア。性格素行には問題あるが、魔術の腕や研究に関しては優秀らしい。
 しかし、ロゼッタの提案に二人は共に渋い表情を浮かべていた。

「ノアか……いや、それは止めておこう」

「そうだね、実験材料にされたら元も子もないしね」

 リカードもリーンハルトも同じことを想像してしまったらしい。確かにノアならば二人の心配をするより、知的好奇心を優先させる。そして二人で実験すると言いかねないのだ。
 そして話は振り出しに戻る。こうなると誰かに相談するのも難しい話である。
 すると、部屋の扉がノックされた。ここはリカードの部屋なので誰かが訪ねてくるのも珍しいことだ。ちらりとロゼッタは二人を見たが、立ち上がる気配を見せない。一応この部屋の主はリカードだが、今彼はリーンハルトの体。どちらが出るべきかは曖昧なのだ。
 ロゼッタは溜息を吐いて立ち上がり、扉の前に立った。

(もう、誰が出ても同じよね)

 そして彼女が扉を開けると、そこにシリルが立っていた。

「え? ロゼッタ様? ここは、リカードの部屋、ですよね……?」

 リカードの部屋を訪ねて来たというのに、出て来たのはロゼッタ。今前に立っている部屋と隣のロゼッタの部屋を見比べ、間違えて訪ねてきただろうかとシリルは混乱しているようだった。リカードの部屋の隣はロゼッタの部屋だからだ。
 同じような扉が続くこの離宮で、部屋を間違えることは稀にある。

「あ、いえ、ちょっと用事があって。ここはリカードの部屋ですよ」

「そうでしたか……珍しいですね、ロゼッタ様がここにいるのも」

 リカードならば間違いを起こしたりしないと思っているのか、シリルはのんびりした笑顔で言った。例えばここがリーンハルトの部屋なら、彼は慌てるに違いない。
 リカードはいらっしゃいますか、とシリルが部屋を覗くと、ベッドに腰掛けたリカードと壁にもたれ掛かるリーンハルトの姿がシリルの視界に入る。

「軍師もいらっしゃるんですか……?」

「え、ええ……」

 壁にもたれ掛かっている男をリーンハルトと定義していいものか、ロゼッタには分からない。だが、外見だけで言うならばリーンハルトは壁際にいる。中身で言うならばベッドに座っている方だが。
 ロゼッタはちらりと二人を振り返る。

(えっと、ここってシリルさんを追い返すべきなの? 理由を話すべきなの?)

 助けを求めるに近い彼女の視線に、二人は一言も何も発しなかった。無視かやっぱ無視なのか、とロゼッタは思ったが言葉に出すわけにもいかない。

「そういえば、シリルさんはリカードに何か用事でも……?」

「いえ、特には無いんです。さっきリカードが帰ってきたと聞いたので、本当にいるのか確かめに来たんです」

 何故かシリルの笑顔が眩しいというか、後ろめたい気分になってくる。ロゼッタが悪い事をしたわけではないが、隠し事をしている後ろめたさからだった。
 それだけですので、とシリルは踵を返した。本当に彼はリカードに特に用事は無かったらしい。しかし、ついロゼッタは背中を向けたシリルの服を掴んでいた。

「ど、どうしたんですか……?」

 突然の事にシリルも驚いた表情で彼女を見ていた。

「そ、その……シリルさん、助けて下さい……!」

 まるで誤解を生みそうな発言。だがこれ以上はロゼッタの手には負えない問題なのだ。一番頼りそうになるシリルに助けを求めたのだった。


prev | next

[戻る]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -