短篇 | ナノ
5


 本来ならリーンハルトを見つけた後は、自分の仕事に戻る予定であった。
 しかし、予想外のアクシデントのお陰でリーンハルトとなったリカードは王の執務室へ向かっていた。どうやら、リーンハルトは王シュルヴェステルに呼ばれていたらしい。

(あいつ、陛下から呼ばれていたくせに無視して散歩してたのか……どういう神経してんだ)

 リーンハルトの体で眉間に皺を寄せながら、カツカツと足早に執務室へと歩いていく。敬愛する陛下なら尚の事、いい加減なリーンハルトに対し憤っていた。

(だけど……)

 今更だが、リカード自身リーンハルトの振りが出来るのだろうか、という疑問が頭を過った。
 リーンハルトに対してリカードの振りをして仕事をしてこいと言ったものの、それはリカードもしなければいけないという事だ。

(俺が……リーンハルトの、真似……?)

 よく冷静にリカードはリーンハルトの普段の行動を思い出してみた。
 まず早朝は朝食を食べながらロゼッタに軽くセクハラ。それから仕事の為にリカードをいじりつつも馬車で城へ行き、陛下の元で夜まで仕事。その合間に城の廊下をふらふらと出歩き、たまにメイドにこれまたセクハラ。たまにリカードの所に来ては、からかって遊んだ挙句帰っていく。
 リーンハルトの常日頃の生活を思い出し、リカードは頭を抱えた。リーンハルトの日常生活は問題だらけだが、どう考えたって真面目なリカードに彼の物真似は不可能だ。

(落ち着け、よく落ち着いて考えろ俺……!)

 しかし、傍から見たらリーンハルトの姿をしたリカードはどこか様子がおかしい。王の執務室を前に、リーンハルトが何か苦悩しているように見えるのだ。
 しかし、リーンハルト本人にはああ言ってしまった。真似をして仕事をしろ、と。
その後彼が意を決して王の執務室に足を踏み入れたのは言うまでもない。


***



「団長、こちら頼まれていた物です。どこに置いておいた方が良いでしょうか?」

「あぁ、そっちに置いて構わない。それ置いたら持ち場に戻っても大丈夫だ」

 失礼しました、とリカードの部下は頭を下げた退室した。室内に唯一人となったリカードの姿をしたリーンハルトは、眉間に無理に寄せていた皺を解いて椅子の背もたれにもたれ掛かった。
 彼は天井を見上げ、疲れた様な溜息を吐く。
 リカードと別れた後、しょうがなくリーンハルトはリカードの仕事へと戻った。彼が本気を出せばリカードの物真似も仕事も容易いこと。しかし、逆にそれが彼にとって面白味が無かった。誰も疑ってくれないし、リーンハルトをリカードと信じ切っている。まあ実際のところはリーンハルトとリカードが入れ換わったなど、誰も想像出来ないだろうが。

(あーあ、俺って多才で有能だからなぁ……暇ぁ)

 能力だけならリカードの上を行くリーンハルトは、リカードの仕事などほとんど片付けてしまった。量も普段のリーンハルトの仕事に比べれば少ない方である。
 頬杖をつきながら、リーンハルトはどうしたものかと考えた。

(このまま俺がいつものテンションでシルヴィーの所行ったら、どうなるかな。あ、でもリカードがいるし追い返されるか。リカードの体でいつもの行動起こしたら、きっとシルヴィーも驚くよね)

 それは悪くない、とリーンハルトはいつものにやにやとした笑みを浮かべた。それがリカードの体なので殊更気味が悪い。
 だが、実際シルヴィーを驚かしたいと思いつつ、その実現はなかなか難しそうなのだ。リカードに邪魔をされたら色々と厄介。これは対象を替えざるをえない、とリーンハルトが考えると思いついたのは一人の少女。
 にたぁ、とリーンハルトは再び口角を上げた。

(この体で俺のテンションも悪くないけど、するならやっぱリカードの物真似でどこまでロゼッタお嬢さんを騙せるか、だよね……)

 その後一気に仕事を片付けたリーンハルト――リカードの体は、その本来の持ち主の知らぬところで城から姿を消したのだった。


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