4
その後、二人はゆっくり何が起きて、自分が何者なのかを話し合った。
どうやらリカード自身は現在、金髪で金と翠の瞳の長身の青年の姿をしているらしい。つまりは軍師リーンハルト=コーエンの姿である。
そしてリカードの目の前にいた黒髪に赤目のまるっきりリカードの姿をした男は、中身がリーンハルトと自分で言っていた。
最初は互いにこの状況を信じられなかった。しかし、二人共自分が自身であることを知っている為信じざるをえなかった。
「一体どうして……しかも、何でよりによってハルトなんだ……!」
リーンハルトの姿をしたリカードは頭を抱えて叫んだ。
「まぁまぁ、落ち着きなってリカード。なっちゃったもんは仕方ないし、元に戻る方法を考えた方が建設的だよ」
「人の体でヘラヘラ笑うな! もっとしゃきっとしろ!」
しかし、一応慰めようとしたリーンハルトの言葉にリカードは再び激昂した。どうやらリカードの顔で、いつもみたいに笑っているのが気に食わなかったらしい。
傍から見ても気持ち悪いものだ。いつも仏頂面のリカードがへらへらとした笑みを浮かべ、リーンハルトが眉間に皺を寄せて難しい表情をしているのだから。
「あ、とりあえず……リカード仕事良いの? 忙しいんじゃない?」
「だが、俺がお前の姿のままで軍議に参加しろと言うのか? それを言うなら、お前だってこれから仕事があるだろう」
そうだねぇ、と暢気にリーンハルトは考え込む。考える仕草はいつものリーンハルトなのだが、その容姿はリカード。何度も言うが、傍から見れば気持ち悪い光景である。リカード自身も見ていて気持ちの良いものではない。
どうしたものか、とリカードは眉間に皺を寄せたまま城の壁にもたれ掛かった。
「ちょっとちょっと、リカード。俺の顔でそんなに皺寄せるの止めてくれる? 俺の綺麗な顔で眉間に皺を寄せられたら、女の子が近寄らないだろ」
「仕方がないだろ! 癖なんだ!」
この入れ換わったストレスからか、リカードには苛立ちが募っているようだ。苛立ちを溜め込んだ所で原因が不明な今では、被害者であるはずのリーンハルトにぶつけていた。
「んじゃ、このまま仕事行っちゃう? 俺は代わりにリカードの仕事に、リカードは俺の振りをして俺の仕事に」
はっきり言って気持ち悪い程の満面の笑みを浮かべ、リーンハルトは提案した。その体がリカードのものなので、余計に不気味にしか見えない。
「ふ、ふざけるな……!」
リカードには考慮する余地など無かった。いくら仕事が大切と言っても、リーンハルトが大人しくリカードの振りをする筈がない。振りをしないのならまだ良いが、リカードの体で変な事をしでかす可能性だってある。
兎に角嫌な予感しかしない。駄目だ、とリカードは頭を振った。
「でも、背に腹は代えられないでしょ? 大丈夫、俺がしっかりリカードの仕事片付けておいてあげるから」
リーンハルトの「大丈夫」という言葉程恐ろしいものは無い。適当な返事をした挙句、余計な事態を招くのが得意なのがリーンハルトなのだ。
しかし、仕事を片付けなければいけないのも事実。
リカードはジッとリーンハルトを見た。
「……本当に、本当にちゃんと仕事をするんだな?」
「勿論。俺の優秀な能力は知ってるでしょ」
能力は優秀でも性格が問題だろ、と言葉が喉まで出かかったがリカードは吐き出す寸前で飲み込んだ。
何度も何度もリカードは頭の中で考えた。このままリーンハルトをリカードの仕事に行かせて良いものか。一方は責任ある立場なのだから仕事を終わらせるべきだ、という考え。もう一方はリーンハルトを行かせては事態はもっとややこしくなるだろう、という考え。
二つの意見が鬩(せめ)ぎ合ってリカードは葛藤し続けた。
「……分かった。俺はお前の仕事に行く。だから、お前は俺の仕事に行け」
長考の末、苦渋の決断をリカードは下した。
「いいよー」
しばらく葛藤していたリカードだが、結局仕事を終わらせなければいけないという義務感が勝ったのだった。
二つ返事でリーンハルトは了承するのだが、咄嗟にリカードはリーンハルトの胸倉を掴んだ。ちなみに、 周りから見れば軍師リーンハルトが部下リカードの胸倉を掴んでいるように見える。その上、その表情は険しい。
「いいか、絶対に……絶対に俺の体で変な事するなよ!」
「はいはい。分かってるって」
へらへらと笑っているからこそ、本当に分かっているのか。リカードはもっと文句を言いたそうな表情であったが、そろそろ行かねば仕事に遅れる。
未だ不安が残る中、リカードはリーンハルトを離し、それぞれ仕事に戻ったのだった。
prev | next
[
戻る]