短篇 | ナノ
2



「はい、ゆっくり休んで」

 元々ロゼッタは自室へ戻ろうとしていたのだから、隣室であるリカードの部屋に来るのはついでにもなった。部屋に到着するなりリカードをベッドへと連れて行き、さっさと寝なさいと腰に手を当てる。
 教会に暮らしていた頃は子供達が風邪を引くと、いつもロゼッタが看病していた。風邪でも遊ぼうとする子供達をベッドに戻すのも彼女の仕事だった。
 リカードは彼女よりも年上だが、つい昔の癖が彼女に出ていたのだ。

「……ああ」

 普段から口数は少ないが、今日は特段少ない。具合が悪く、あまり喋りたくないのだろう。このまま部屋を後にしようと踵を返すが、ロゼッタは彼に呼び止められた。

「何よ?」

「上着、脱ぐの手伝ってくれ」

「は?」

 ロゼッタは赤面した。彼の言葉にいやらしい意味など無いことは分かっていたのだが、何とも気恥ずかしいのである。
 しかし相手は病人。いくらリカードとはいえ、今日は弱っている様子。少し渋るような表情をしたものの、手を貸してやらなければという気持ちが強かった。

「……分かったわよ」

 溜め息混じりにロゼッタはそう言うと、リカードの前に回った。
 少し渋っていたのはリカードの服の構造にある。彼の衣服は所謂軍服で、前方を金属の留め具で閉じる形となっている。更に階級を示す飾緒も面倒なこと極まりない。これを解くのが面倒な上に、彼と向き合って金具を取るという作業が気まずいのだ。
 だが了承は既にしてしまったし、リカードも待っている。覚悟を決めて上から一つ一つ上着の金具を取っていった。

「……」

 ロゼッタの作業中、互いに無言だった。ロゼッタは出来るだけ視線を合わせない様にして留め具に神経を集中させていたが、上から降り注ぐ視線をひしひしと感じていた。確実に見下ろされていると雰囲気で分かるのだ。

(やり辛い……今すぐ帰りたい)

 リカードのお願いを了承してしまった十数秒前の自分を後悔した。つい相手が弱っていて調子が狂ってしまったに違いない、としょうがなしに自分に言い聞かせる。
 もしここで知り合いがやってきたらを考えると頭が痛い。確実に変な誤解を生む事間違いなしだからだ。
 だが、黙々とやっていたからこそあと少し。もう少しだとロゼッタは自分を励ました。

「……はい、後ろ向いて」

 黙って回れ右をしたリカードの上着を後ろから掴み、脱ぐ手伝いをする。彼の身長は大分高いので大変なのだが、引っ張る様に何とか脱がせたのだった。

「これで良いでしょ」

 手で軍服を軽く撫でるように皺を直し、壁近くにあった上着掛けに掛ける。これで彼女の出来る仕事は終わりである。
 しかし、ようやく解放だと安心したのも束の間だった。
 振り向こうとした瞬間に何かに押さえつけられる様に壁に拘束された。背中を壁に押し付けられるような状況になり、ロゼッタはリカードを見上げる。この部屋にいるのは彼女とリカードのみ。普通に考えて彼しか犯人はなりえないのだ。

「何? 人に頼みごとしたと思ったら、次は嫌がらせ?」

 顔を顰めながら、頭一つ分は高いであろうリカードを睨むように見上げた。
 先程のほんの一瞬の間に彼女の両手は彼の手に固定されている。嫌がらせにしては今までとは違い、随分と力押しだ。

「……随分と、余裕だな。俺が相手だとそうなるのか?」

「は?」

 どういう意味だろうか、と頭の中で彼の言葉を反芻してみた。リカード相手だと余裕で、他の人ならば違うのだろうか。

(まあ、確かにハルトだったら……違う方向に考えて叫ぶわよね)

 リーンハルトの普段の行動から、まず拘束されたら性的な意味で襲われると考えて良い。
 しかしリカードの場合、彼は極めて真面目。そして艶めいた関係でも無い為、襲われると考えた事は一度たりとも無かった。それにリカードは当初ロゼッタを毛嫌いしており、今は多少マシになったものの犬猿の仲である。 
 今の状況でどう考えても、男女の関係になるとは考えにくい。

「ロゼッタ」

 珍しくも、低い声でロゼッタの名前を呼んだ。リカードが彼女の名前を呼んだ回数は片手で足りる程度だろう。

「な、なによ?」

 いつもと違う彼の雰囲気に、たじろきながらもロゼッタは喧嘩腰だった。

「……抵抗しないってことは、良いってことだよな」

「は? え? ちょ、ちょっと……!」

 太腿が掴まれる感触。それから耳元にかかる息。
 脳内が混乱しそうになる程の急展開に、頬を一気に紅潮させながらロゼッタの体は硬直した。首元に顔を埋められると頬に彼の黒髪がかかって少しくすぐったい。熱い息遣いもすぐに耳に入ってくる。

「大丈夫、子供を作る気は無いから。次期国王の味見だけ」

 耳朶近くで囁かれるように言われ、背筋が気持ち悪い程ぞくぞくした。むしろ気持ち悪い。リカード相手に色々と思うことなど無い。これは断言していい。
 そして正直、既視感を感じた。忘れるはずもない。この台詞も前に似たような状況下で言われた事があるのだ。しかし、相手が違うという決定的な違和感があった。

「……ハルト?」

 違うはずなのに、何故かそんな呟きが口から漏れていた。そうあれは離宮に来て日も浅い頃、ベッドに押し倒されながら言われたのだ。軍師リーンハルト=コーエンに。

「へぇ、どうしてそう思う? 余裕だな、俺を前にして他の男の名前を出すとは」

 顔を上げたリカードが薄らと笑みを作る。リカードの笑みなどほとんど見たことないが、この上品な笑い方はリーンハルトそのものだ。
 口調も姿もリカードなのに、笑い方と行動はリーンハルト。目の前にいるのは一体誰なの、とロゼッタは固まったまま考え込む。どちらにしろ自分の貞操は危ぶまれている為、抵抗の手は止めなかった。

「リーンハルトォォオオ!」

 しかし、答えを出す前に部屋に金髪長身の男が鬼の形相で飛び込んできたのだった。


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