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少しでもロゼッタから目を離した自分をアルブレヒトは憎く思った。
最初はトイレか何かに連れて行かれたのだろうかと思ったが、様子が尋常ではなかった。まるでロゼッタは逃げている様子。人間が魔族に危害を加える話も珍しいものではない。それが例え騎士だったとしても。
アルブレヒトは慣れない森の中をひたすら走って追った。初めて出来た主。そして陛下の娘。絶対に守らなければならない、という義務感が彼を縛る。
見えた、と思った瞬間背筋が凍りそうになった。
ロゼッタは地面に座り込んで、目の前の騎士を見ている。その周りを他の騎士達が囲んでいるが、仲良く談笑している様な風景には見えない。その証拠に彼らの手には剣が握られており、ロゼッタの顔色は遠くからでも分かる程悪かった。
ロゼッタの目の前の男が、ロゼッタに向けて剣を振り上げる。
「!」
走りざまに、アルブレヒトは腰の剣を抜く。もう形振り構っていられない。彼女に害ある者は殺せ、それだけだ。
彼の瞳にはもう憎しみの色しか残っていなかった。
目を瞑っている彼女と剣を振り上げる騎士の間に入り込み、思いっきり騎士の首元を狙って横に剣を振った。突然の事に何が起こったか分からない騎士は首から出血させながら、地面に倒れた。アルブレヒトの頬に赤い液体が飛び散った。汚いという冷え切った感情だけが彼の脳内を支配していた。
恐ろしい形相でアルブレヒトは周りの騎士達を見渡す。
今地面に伏した男はロゼッタの害悪。そして周りにいる男達はそれの仲間。つまり彼らも敵。アルブレヒトの中では、瞬時にそう位置付けられた。動いたら殺す、彼の瞳はそう訴えていた。
「…………だ、れ……?」
するとアルブレヒトの背後から、困惑した少女の声が聞こえて来た。さっきまで歌っていた彼女の声だ、そう思った瞬間殺伐したこの風景に色が入った気がした。
嬉しいという感情が込み上げてくる。
嬉しさと感動で鳥肌が立つ事をアルブレヒトは初めて知った。
「そいつの仲間か……!」
騎士の一人がアルブレヒトにそう問うが、彼は首を傾げる。敵か味方かで言ったら彼女の味方だが、仲間ではまるで同等の様な扱いだ。あくまでアルブレヒトは彼女の側近。従僕だ。
「違う」
気が付けばそう否定していた。本当のことなのだから仕方がない。
「自分は……………ロゼッタ様の下僕だ」
「な、何ふざけた事言ってんだ?」
「本当の事。ふざけていない」
確かノアとリーンハルトがそう教えてくれた、とアルブレヒトは満足気に頷いた。
アルブレヒトは振り向いて、改めて彼女を見た。水色の瞳を見開いて、彼女がアルブレヒトを見上げている。
写真で見るよりもその髪も瞳も綺麗で、アルブレヒトは言葉にならない程感動した。それに彼女に仕えると改めて考えると、ふとこれから先、何かが起きる様な気がするのだ。
「……遅くなりました、ロゼッタ様」
そう、これが彼にとっても物語の始まり――
end
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