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村に近付くにつれ、その声は聴こえて来た。まだ女性にはなりきれていない、少女の声。だけどしっかりとした声と澄んだ音色だった。
聞いた瞬間、これだと直感的にアルブレヒトは確信した。
魔族しか持たない玲命の誓詞。唄の長さはその人の血筋によるらしいが、ここまで見事に長いのも珍しい程だ。庶民の玲命の誓詞となれば五行程度で終わる場合もあり、アルブレヒトも非常に短い。唄が長い人は王族や王族に縁ある人だけなのだと王に教えられたこともある。
気付けば、アルブレヒトはその声に耳を傾けて聞き惚れていた。
もう少しで彼女に会える、そう思うだけで胸が緊張でどきどきしていた。
「……歌になっているが、これは玲命の誓詞……」
「やはり、そうですよね……つまり、この唄の先にいるんですね」
「……玲命の誓詞は祝福を受けた《民》にしか紡げない」
僅かに嬉しげに呟くアルブレヒトを見て、シリルは苦笑した。彼の忠誠心は相変わらずの様だ。
しかし、すぐに二人に聴こえて来たのは馬の蹄。のんびりしている場合ではないことに気付くのに、そう時間は掛からなかった。不穏な空気に二人は急いで村に向かったのだった。
急いでアルブレヒトシリルはオルト村へと行った。
だが時既に遅し。村人に尋ねると、たった今アルセル公国の騎士団が来てロゼッタという少女を連れ去ったという。しかも、魔族の容疑を掛けられてだ。
魔族が人間の国で捕まれば末路は大体同じ。急いで彼女を助けなければ殺されてしまうのは明白だった。
「アルブレヒト行きましょう。今から走れば間に合います」
「うむ……!」
それからオルト村を二人は急いで飛び出し、村人に教えて貰った近道で騎士団を追った。相手は馬だったが歩兵もいるようで、ゆっくりとした速さで行軍していた。間に合ったはいいものの、騎士団を相手にどうするべきか。茂みから二人は一行の様子を伺った。
「……あそこにいますね」
シリルが指差した先に、暗い表情で歩く少女がいた。輝く様な銀の髪はあの写真の少女だとすぐに分かった。目を伏せているので、あの空の様な水色の瞳は見えなかった。
「私が囮になります。その間に救出をお願いします」
「囮、大丈夫……?」
騎士団を相手にたった一人とは無謀にも思える。しかし、大丈夫ですよとシリルは穏やかな笑みを浮かべた。
「無茶はしません。足止めしか出来ませんので、素早くロゼッタ様を奪って逃げましょう。頼みましたよ」
「うむ。シリル気を付けて」
「ええ」
シリルは力強く頷いた。アルブレヒトに見送られ、行軍の先頭へと向かっていたシリル。魔術を使って囮をするらしいが、危険なことには変わりない。だがシリルを信じてアルブレヒトは時を待った。
しばらくすると一行の動きが止まり、ロゼッタの近くにいた騎士団長らしき黒い長髪の男は側を離れた。立ち振る舞いを見ていても一番厄介そうな男が離れたのは好都合。
今が絶好のタイミング。彼が出て行こうとした瞬間、ロゼッタと数人の騎士が近くの森の中に消えていくのがアルブレヒトには見えたのだった。
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