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そして淡々と陽炎を追って生きるだけの日々に、とうとう彼女は現れた。
最初は淡い光。だが彼女の光は日を増す毎に多くなっていた。私のとっては一筋の光明。それに気が付いた時は既に時遅く、彼女に下された処罰は処刑だった。アルセルの処刑法は斬首。多くの民に嘲笑われながらその首を斬られる彼女、それを想像して私は今までにない位背筋がぞっとした。また大切な何かを失う気がしたのだ。
気が付けば私はアルセル王に彼女の助命を嘆願していた。勿論、簡単に通るわけもない。私の願いは呆気なくアルセル王に跳ね返されたのだった。
私は罪悪感に苛まれた。
それなのに彼女はそんな私を見て笑っていたのだ。
「恐ろしくないのか? 首を刎ねられるんだぞ? 自分の死が、どういったものか分かってるのか……?」
彼女は決して悪くないというのに、私は彼女に当たっていた。本当は恐ろしいと思っているのは私なのだ。彼女を捕まえたのは私だったから。大きな戦争になる要因を作ってしまったのも、彼女が死ぬ原因を作ってしまったのも私。
泣きながら責められた方がまだ楽だっただろう。
「どうしてって……皆を信じてるから。いつもいつも何だかんだ言って、皆が助けに来てくれるの。だから、怖くない。絶対に死なないもの」
しかし彼女は私を責めることなく、こう言った。
彼女の水色の瞳も、言葉も、揺るぎない。恐怖も何も無いかのようだった。
「だから、まだ死なないわ」
そう言って笑う彼女の強さに、私はひどく憧れた。そして強く惹かれた。
そして気付けば私は、自分が騎士になるきっかけを彼女に話していた。こんな話されても困るだろうと思っていたが、彼女は真剣に聞いてくれていた。
「お父さんを憧れるのはいいことだわ。だけど、全てを真似したらお父さんみたいになれるものなの? それって形だけでしょう。貴方が真似すべきなのは、尊敬するお父さんの姿勢だったんじゃない? ただ憧れの為に、本心とは違う……納得出来ない命令を受け入れるのもおかしいわ」
そこで私は目が覚める様な思いをした。
そうだ、私は父の真似事をしていただけ。形だけだったのだ。父は信念基づいて行動していた。だが、私は真似する事ばかり集中して信念を失っていた。
「……ローラント、ブランデンブルク家が取り潰しになったとしても、それでローラントやローラントのお父さんの誇りが全て消えるわけじゃない。ちゃんと記憶に残ってるでしょう。騎士の志が残るなら、確かにローラントは騎士よ」
私はこの言葉で、ようやく真の騎士となった気がした。彼女が私に騎士としての命を吹き込んでくれた。彼女の言葉は私の心を激しく揺さぶる。だが、これこそ私が待ち望んでいたもの。
その時ただ素直に、彼女に死んで欲しくないと私は願った。
*** そして、二日過ぎ、彼女の処刑は明日と迫った。
もう心は決めている。
彼女を取り戻す。それが国に逆らう事でも、もう決めた事だ。
アルセル王から出兵命令は出ていたが、私はもう従う気はない。自分の意思でアルセル王の駒でいる事を辞めるのだ。そして彼女を取り戻して、共に行く。これも自分の意思で決めた。
私は国からの軍刀を外して机の上に置いた。これが私の意思。後日誰かがこの意味を知ることになるのだろう。私はもうこの国の騎士では無い、と。
(父上……私は決して、後悔はしません)
父から譲られた剣だけは持って行こうと思った。これは父の形見であり誇り。唯一の宝物。私が魔族の姫君へ忠誠を誓う事を、父は嫌がるだろうか。そんな疑問が浮かんだが、心も剣も軽かった。何となく父も祝福してくれている、そんな気がした。
(……父上の息子でいられたことが、唯一の誇りです)
アルセル公国の騎士でいた事で、良い思い出はほとんどない。しかし父の息子として生まれた事を後悔した事は一度もない。それだけはこれからも胸を張って言える事だ。
場所は違えど、私は今度こそ騎士として生きる。もしかしたら父の考えとは相反するかもしれない。
(だが後悔は無い……)
今ならこう思える、私は彼女の騎士となるべくして、そして彼女を助ける為にこのアルセルで騎士となったのだと。
ただの少女だが、真っ白で純粋でそして眩しい位に凛として強い彼女。
彼女……ロゼッタ=アスペラルこそ私が長年求めていた我が王にふさわしい方。命を賭してでも守りたいと思った。
(我が君よ、今助けに参ります)
私はもう戻ることは無い部屋を後にして、彼女の元へと急いだのだった。
もう私には父の陽炎は見えない。
ただ追うべきは一つの強い光。
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