短篇 | ナノ
3


 アルブレヒトが部屋に入ると来客用の椅子にリカードが足を組んで座り、本来なら仕事をする筈の机の上にリーンハルトは行儀悪く腰を下ろしていた。リーンハルトは頬杖をつきながらリカードと話していたらしく、アルブレヒトの来訪に僅かに眉を上げていた。

「お、珍しいねアル。どったの? シルヴィーのお使い?」

 彼がリーンハルトの元に王のお使いで来ることも少なくはない。

「うむ」

 ごそごそとアルブレヒトは服の中からリーンハルト、リカード宛の手紙を取り出す。少し温かくなったが、手紙はちゃんと綺麗に保存出来ていた。

「外した方がいいか?」

 陛下のお使いとなれば時には密命の時もある。騎士団長と言えど軽々しくリカードが聞いて良いわけでもない。
 だが、今回はリカードにも用があるのだから此処にいて貰わねばならない。いい、とアルブレヒトは頭を左右に振った。

「これ、二人に」

 それぞれの手紙をアルブレヒトは手渡す。リーンハルトは笑っていて、リカードは不思議そうな表情でそれを見ていた。
陛下の手紙なので怪しむ事は一切無い。リカードはとりあえず受け取ると、リーンハルトの机の上にあったペーパーナイフを器用に使い綺麗に封を切った。封には王家の紋章。疑い様なく陛下からの手紙だ。
 中から出て来た一枚の手紙を出し、リカードはしばらくそれを無言で読む。

「……は?」

 無言で手紙を見ていた筈のリカードの表情が固まった。
 彼が絶句する程の言葉が書かれていたのだろうか、とアルブレヒトは好奇心が隠せなかった。が、リカードが話してくれるのを待った。
 リーンハルトはそんなリカードを見て笑いを堪えられない様で、目尻に涙を溜めて腹を抱えている。そんな彼は手紙の封すら切っていなかった。

「どういう事だ、これは……」

「なに? そんなに姫様の護衛兼剣の指南役が不満?」

 リカードの手紙を読んだわけでもないのに、さらりと内容を言うリーンハルト。彼の口振りはまるで最初から手紙に何が書かれていたのか知っていた風である。
 リカードは最初は驚いていたが、お前は知っていたのかと眉を寄せた。だからこの男は食えないのだ、と心の中で毒づきながら。

「ハルト、知ってる?」

 アルブレヒトが尋ねると「勿論」という返答が返って来た。

「前々からシルヴィーと話を進めていたからね。ちなみに俺は姫君の護衛兼兵法指南役を仰せつかってるんだ」

 内容は知っているのだからわざわざ手紙を寄越さなくても良いのにね、とリーンハルトは笑った。だから彼は手紙を開けなかった。
 やはり予想通りだった。リーンハルトもリカードも噂の姫君に仕えることとなったのだ。その事についてリーンハルトはどう思っているのかは知らない。しかし、リカードは表情から決して乗り気では無さそうだった。
 アルブレヒトはただただ羨ましいというのに。

「何故俺が陛下じゃない奴に仕えなきゃいけないんだ……!」

 立ち上がりざまに机に拳を叩きつけ、リカードは激昂した。彼にとって陛下に仕えることが誇り。それなのに姫君に仕えろという命令が許せないようだった。

「だけど、命令を下したのは他ならぬその陛下だよ。陛下の命令は絶対でしょ?」

「ちっ……!」

 リーンハルトに反論出来ず、リカードは盛大に舌打ちをすると椅子に座り直す。直談判しようにも相手が陛下ならば結果は変わらない。この命令を受けるという選択肢以外、リカードには残されていなかった。
 一気に不機嫌になったリカードを横目で見ながら、何故彼がこうも怒るのかアルブレヒトは分からなかった。

「リカード、姫様仕えるの嫌?」

「嫌っつうか……俺が忠誠を誓ったのは陛下だ。陛下の娘と言えど、俺の主人ではない」

 アルブレヒトに純粋に尋ねられ、怒鳴ることも出来ずにリカードは素直に答えてくれた。

「それにどんな女かも分からないし、そもそもその女が本当に陛下の娘かどうかも疑わしいだろうが。ただ狙いが権力だけのがめつい女はお断りだ」

 リカードの言う事は分からないわけではない。顔も見たこと無い相手にいきなり仕えろと言っても難しい話だ。
 それにリカードは貴族故に、権力に群がる人達を幼い頃に多く見過ぎた。それが簡単に信用出来ない要因にもなっているのだろう。

「ま、大丈夫。そう悪い子ではないと思うよ」

「会ったことないだろうが。良し悪しはまだ分からんだろ」

「……そうだねぇ」

 少しだけリーンハルトが何かを躊躇った様にも思えたが、結局何も言わずに終わった。
 リカードはまだ見ぬ姫君に疑心しかない様だが、アルブレヒトは期待しかなかった。あの陛下の娘はどんな方だろうか、陛下に似ているのだろうか、陛下の様に素晴らしい方なのだろうか、と。
 娘のことを話す陛下はとても嬉しそうで、それを聞いているとアルブレヒトも嬉しくなった。
 きっと陛下の娘ならば、こんな自分でも接してくれると思えた。

「ハルトは、仕えるのどう思う?」

「俺? そうだね、女の子が増えるのは喜ばしいと思うよ」

「……お前は女なら何でもいいのか」

 呆れた溜息を一つリカードは吐いた。リーンハルトの返答に期待した自分が馬鹿だった、と。
 リーンハルトの答えはある意味彼らしいが、少なくとも姫を憎くは思っていない様子。それだけはアルブレヒトにとって救いだった。

「この手紙、他にも届ける奴はいるのか?」

「うむ、シリルに届けた。あと、これから兄上に」

「何だか奇妙な面子になってるな……」

 どれもこれもリカードにとっては顔見知りの名前。妙に仕組まれた様な顔触れに不思議に思いつつ、先行きが僅かに不安に思えた。
 特に彼にとってはリーンハルト、ノアが一緒ということが悩みの大半である。この二人に関わって、良かったと思えた事など今まで一度たりとも無い。いつもリカードの平穏な日常を壊してくれるのだから。

「自分、兄上の所行く」

「いってらっさーい」

 手紙はまだ一通残されている。残りは宮廷魔術師のノア。
 リーンハルトに見送られながら、アルブレヒトは彼の部屋を後にした。


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