短篇 | ナノ
2


 アルブレヒトから手紙を受け取ったシリルは手紙を見た瞬間、表情を険しくした。
 シリルは一文官にしか過ぎない。そんな彼に陛下の署名かつ直筆の手紙が届くなど、異例中の異例と言っていい。悪い知らせか、良い知らせか予想すら困難な状況だった。
 今手紙を開封すべきか迷ったシリルだが、目の前ではじっと見つめてくるアルブレヒト。この場で内容を確認しなければいけないらしい。緊張の面持ちで彼は手紙の封を切ったのだった。

「…………これは」

 文面に目を通していたシリルは困惑の声を上げる。
 手紙の内容を知らないアルブレヒトは、何なのか気になりながらも彼が教えてくれるのを待っていた。未だシリルは険しい表情のままで固まっていた。

「誰に聞かれているか分かりませんから、私の口からは言えません」

 代わりにこれを、とシリルは持っていた手紙を手渡した。アルブレヒトは手紙を受け取り、内容に目を通す。
 そこに書かれていたのは「シリルを姫の家庭教師に任命する」という内容のものだった。本来ならば一文官の彼が大任を受けたのだから、大出世である。しかし、姫というのは今城中で噂になっている「王の隠し子」のこと。大任だが秘密裏に動かねばならない大仕事だ。

「まさか、私がこんな大役に抜擢されるとは……」

 シリル自身、平民の自分が姫君の家庭教師になることに随分と驚いているようだった。
 しかし、何となくアルブレヒトは納得出来る。彼は教え方も丁寧で、優しい人物。教師としては適任だろう。それに頼りなさそうに見えて彼は、文官試験の筆記試験において首位で合格している。
 案外この事実を知っている者は少ないが、彼は本来なら群を抜いて賢いのだ。だからこそ、リーンハルトも仕事を手伝わせることが多いのだろうが。

「シリル、出世。おめでとう」

「出世……まあ、言い方によればそうでしょうけどね」

 困った様な表情でシリルは苦笑した。彼はこの大任を喜んで良いのか分からないようだった。
 王が姫君の王位継承を望んでいるとはいえ、反対の声もある。それに姿を未だ見た事が無い。そんな彼女を信じていいものか、シリルには分からなかった。
 アルブレヒトにとっては羨ましい限りである。自分と大して歳のが変わらない姫君に、彼は人並みの興味関心は抱いていた。それに尊敬する王はどうも姫君を大切にしているようで、姫君に会ってみたいというのが素直な感想であった。

「シリル、ハルト何処に居る?」

「軍師ですか? 自室で書類に埋もれていますよ。確か、今はリカードもいると思います」

「うむ。丁度良い」

 アルブレヒトの呟きで、シリルは何となく察した様だった。

「軍師もリカードも、ですか……?」

 多分、とアルブレヒトは頷いた。残りの手紙は三通。それは軍師――リーンハルトと、騎士団長のリカード。錚々たる面々が揃っていた。そして最後の一人はアルブレヒトが兄と慕う、宮廷魔術師のノア。
 手紙の内容は知らないが、三人も同様だと予想出来た。

「私は引き続き仕事に戻ります」

 そう言ってシリルは仕事に戻り、アルブレヒトはリーンハルトの部屋を目指した。リーンハルトの部屋は重鎮故、上の階の奥にあった。
 懐にしまった手紙に気を配りながら、彼は黙々と歩き続ける。彼はシリルが羨ましかった。いや、正確にはシリル達が、である。親しい者達は姫君の護衛という大任を任されているというのに、自分だけはそのまま。
 別に陛下の侍従が嫌なわけではない。この仕事にも彼は誇りを持っているし、陛下の事は敬愛している。敬愛しているからこそ、自分は駄目なのだろうか、という疑問があったのだ。

(……着いた)

 色々と思考している間に、いつの間にかリーンハルトの部屋の前までアルブレヒトは来ていた。
 部屋の扉をノックすると中からは聴き慣れた声で、どうぞー、と軽い返事が。国の重鎮のくせに、どこか無防備な気がした。いや、彼の場合は無防備に見せているだけの様な気もするが。
 アルブレヒトは軍師リーンハルトの部屋の扉を開けたのだった。


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