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「大丈夫ですかロゼッタ様……?」
表情を曇らせながら、シリルはベッドの近くにあった椅子に腰を下ろした。
あそこまでロゼッタの部屋が騒がしくなったのは彼のせいではない。むしろ、彼のお陰で静まったのだ。シリルが気に病む必要などなかった。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、シリルさん」
「軍師達も悪気は無いんです。態度はあんな感じですが、皆ロゼッタ様の事を心配してるんです。リカードもノアも」
そうなんですか、とロゼッタは答えた。正直彼らは人の病気を酷くしようとしてるとしか思えない。だが、シリルにそんな事を言われては彼らを許すしかなかった。
ロゼッタがもう一度ベッドに入り直すと、シリルは優しく毛布を掛け直してくれた。
「だから、早く風邪を治して下さいね」
そう言って微笑んでくれるシリル。今日一番の優しい空気が流れていた。血が繋がっているわけでもないし、出会って大して時間も経っていない。それなのに、シリルの側はどこか安心感があった。
「さて、体調の方はどうですか?」
「……まだ少し体がだるいみたいです。熱が、あるのかも」
さっきまで元気そうに絶叫していたロゼッタだが、やはり体調はまだ良くなかった。熱っぽさからか、頬はいつもより紅潮している。
すると、失礼します、とシリルの手が伸びてきた。彼の手の平はロゼッタの額に乗り、熱の具合を診ているようだった。
少しだけシリルの手は冷たい。しかし、優しげな感触に懐かしい感情が沸き上がり、どこか安心出来た。
「……やっぱりまだ高いですね。何か欲しい物はありますか?」
我慢せずに言って下さい、とシリルは優しい笑みを浮かべる。優しい彼のことだ、ロゼッタが何か欲しいと言えば本当に用意してくれるだろう。
しかし、ロゼッタは首を横に振った。普段から人一倍優しいシリルには良くして貰っている。これ以上ワガママを言いたくはなかった。
それにここは教会でもなければ、シリルは血縁でも家族でもない。他人に迷惑を掛けてしまう、という気持ちがロゼッタにあった。
「喉が渇いてたりしませんか? 冷たいものも用意できますよ」
冷たいお水も紅茶もお粥もありますよ、毛布もう一枚用意しましょうか、薬もしっかり飲んで下さいね、と甲斐甲斐しくシリルは世話をする。まるで世話好きな母親の様だ。
「…………大丈夫です。きっと寝てれば治ります」
しかし、それでもロゼッタは首を横に振る。
教会が貧乏で薬が買えなかったのもあるが、昔から風邪引いた時は寝て治していた。今回も寝てれば大丈夫だろう、とロゼッタは思っていたのだ。
すると少しだけ、困ったようにシリルは笑った。
「無理をしないで下さい」
「……無理?」
ロゼッタは首を傾げた。無理なんてしているつもりはない。これは彼女にとって当然の事。
「むしろ、無理というより我侭ですね」
彼の言葉には少しだけドキリとした。後ろめたい事はないはずなのに、何かを見透かされているような気がしたのだ。
ロゼッタはシリルを見るが、穏やかに笑っているがので逆に何を考えているのか分からない。
「ロゼッタ様は我侭を言わない方ですから、たまに心配になります。きっと、この慣れない環境や会って幾許も経ってない人と暮らすのは相当な不安や負担があるでしょう。でも、ロゼッタ様は決して何も言いませんから」
いつかロゼッタ様が立てなくなるまで追い詰めてしまいそうで、とシリルは心配そうな表情でロゼッタを見詰めていた。
いつも穏やかに細められている藍色の瞳は、少しだけ曇っていた。
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