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「ここにいたか!リーンハルト!」
この際、誰が天の助けでも良いとロゼッタは思う。それが例え仲があまり良くない騎士だったとしても。
急に怒鳴ってやって来たかと思えば、リカードは部屋の光景を見て眉を顰めた。
「お前ら……何遊んでんだ?」
彼がそう思うのも無理はない。彼の上司に当たる軍師は嫌がる少女のベッドに入り込もうとしているし、敬愛する陛下の娘は必死の形相で抵抗をしているし、そんな娘の従者は剣を抜いて今に軍師を切り殺しそうである。
唯一落ち着いているのは宮廷魔術師のノア。お茶を飲みながら興味無さそうに座っていた。
「えっと、新しい遊びか何かか……?」
珍しくリカードは困惑しながら問いた。きっとリカードとてこれが遊びではない事は重々承知しているだろう。しかし、この光景を見てそう問わずにはいられなかったのだ。
リカードの存在でリーンハルトが怯んだ隙にロゼッタはリーンハルトをベッドから蹴り落とし、違うわ、と静かに答えた。
「……そうか、なら良いんだ」
リカードはどこか若干引き気味であった。
ようやくその場は落ち着き、ロゼッタは溜息を吐いた。風邪を引いているというのにどうしてこんなにも疲れるのだろうか、と。早く休みたいと言わんばかりにロゼッタは毛布に包まる。
「というか、ハルトに何か用あるの?」
リーンハルトの名前を叫んで来たということは、十中八九彼に用事があるということだ。とても迷惑極まりないが。
ロゼッタの言葉に、リカードははっとした表情でリーンハルトを見た。
「そうだ……リーンハルト! 仕事に戻れ! 俺に仕事を押し付けやがって!」
怒りがまた再燃したのか、再び獅子の様に吼えるリカード。普段から仏頂面のせいか、怒ると妙に迫力がある。
だが、リーンハルトはそんなにリカードを横目に飄々としていた。
「えー、だってロゼッタお嬢さんが心配だったんだもん」
「襲ってた奴が何を言うか!」
徐々にロゼッタの部屋は喧騒に包まれようとしていた。
仕事をサボるリーンハルトに対して怒鳴るリカードに、それを適当にかわすリーンハルト、オロオロと二人を止めようとするアルブレヒト。そして、興味が無くて居眠りを始めたノア。
風邪の時は体を休めるのが一番だというが、全くもって休むことが出来ない。もう慌てることも怒ることも無く、ロゼッタはただただ休みたいと切望した。
もういっそと諦めて寝てしまおうか、ともロゼッタが考えていると部屋の扉が開け放たれた。多分ノック音はリカードの怒鳴り声に掻き消されたのだろう。
アルブレヒト達は扉が開いた事に気付いていないようだが、ロゼッタはじっと扉を見ていた。
「軍師!リカード!病人の部屋で何してるんですか?!」
室内の喧騒が止み、四人は扉の前に立っているシリルを見た。
いつも温厚な彼には不釣り合いの怒った声音に、ただならぬものを感じるらしい。情けない事に大の男二人は一瞬にして大人しくなっていた。
「あはは、シーくんか……」
「ロゼッタ様は今具合が悪いんですよ? ロゼッタ様の部屋で騒ぐのは止めて下さい」
やはり、一番まともで優しい人はシリルなのだろう。彼の登場にロゼッタは胸を撫で下ろした。
ここで彼が来てくれたのは本当に救いである。来てくれなかったら、ずっとあの騒がしさが続いただろう。
「軍師とリカードは仕事に戻って下さい。アルブレヒトはノアを部屋に連れて行ってあげて下さい」
シリルはテキパキと手際よく四人を部屋から追い出していく。一部は渋々ロゼッタの部屋を後にし、ようやく部屋は静寂を取り戻したのだった。
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