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「ちゃんと休んでるの?」
リーンハルトにしてみれば、ロゼッタの言葉は予想外なものだった。
彼としては、何か彼女を怒らせる様な事をしてしまったのだろうか、と思っていた。思い当たる事は多々あるが、それが暗い原因かと考えていたのだ。
しかし、リーンハルトに掛けられたのは紛れもなく心配そうな言葉。
「行くのは早いのに、帰りは遅いし。帰ってこない日もあるし……大丈夫なの?」
ロゼッタの瞳には不安げな色が宿る。
いつもはふざけてばかりいるリーンハルトを怒っているロゼッタだが、今日は随分としおらしい一面を見せていた。
「ロゼッタお嬢さんってば、大袈裟だよ」
ロゼッタを安心させる様に笑うリーンハルト。本当は大袈裟ではないかもしれないが。
もし、彼女がリーンハルトの前の席ではなく、彼の手の届く範囲にいたならば、もっと違う事を彼女に仕出かしていた、と彼は思った。
「ご飯も食べてるの?」
それでも心配を拭い切れないロゼッタは、更に質問攻めをする。そんな彼女には流石にリーンハルトも苦笑した。
「ロゼッタお嬢さん、何だかお母さんみたいな事言ってるね」
「え!? 何でそうなるのよ……!?」
全くそんなつもりはなかったロゼッタは母親の様だと言われ、複雑な表情をした。まだ母親程老けてはいないのだ。
複雑そうな彼女を見て、リーンハルトクスクスと笑っていた。
「心配してあげて損した」
「えー? もう少し労ってよ。言葉だけじゃなく、身体とかで。勿論、ベッドの中でね」
「馬鹿言わないで!」
夜中だというのに赤面しながらロゼッタは叫ぶ。離宮内は広いので多分寝ている者には聞こえていないと思うが、注意を払う必要はあるだろう。
叫んだ後は、慌てて口を押さえるロゼッタ。リーンハルトは微笑ましげに笑って見ていた。
「叫んだりして、疲れない?」
「あんたが叫ばさせるんでしょ」
疲れさせている張本人が何を言うの、とロゼッタは彼を睨んだ。が、彼女の一睨みなど可愛いものだった。
リーンハルトにしてみれば、可愛い子犬が睨んできているのと同位である。
目の前のよく表情が変わる少女を、勿論リーンハルトは可愛らしいとは思う。それは恋愛感情ではなく、興味対象として。
だが笑っていて欲しいとは思う。大切な人の、大切な娘なのだから。
「さて、食べ終わったから寝ようかな」
いつの間にか軽食の乗っていた皿は空になっていた。
時刻は既に一時近い。
「あ、部屋まで送るよロゼッタお嬢さん」
「いいわよ。部屋までだったら、一人で帰れるわ」
「こんな時間に出歩いたら、恐ろしい狼さんに襲われちゃうよ?」
「……狼代表のあんたが、何言ってるの」
そうかもしれないね、とリーンハルトは笑っていた。
彼女にしてみれば笑い事ではない。部屋へ向かって彼女は歩き出すが、リーンハルトは彼女の後をついてきた。
「だから、別に良いわよ。明日も早いんでしょ? 早く部屋で休んだらいいじゃない」
素っ気ない物言いのロゼッタだが、別に彼女は怒っているわけではない。むしろ、早く休んで欲しいという意味合いが込められていた。
しかし、それでもリーンハルトはしっかりついて来ていた。
暗い廊下を二人は歩き続けた。
「ねえ、ロゼッタお嬢さん」
「何よ?」
寝間着の裾を翻しながら、ロゼッタは少しだけリーンハルトを見る。
「何でこんな時間まで起きてたの?」
ずっと彼が疑問に思っていた事だった。彼女の様子からして、リーンハルトに特別な用事があったわけではなさそうである。
しかし、たまに欠伸をする彼女を見る限りでは、眠れなかったわけでもなさそうだ。
リーンハルトを待っていたと考えるのが自然だろう。
「どうして?」
黙ってしまったロゼッタに、彼は再び優しく問い掛ける。しかし優しげな声音だが、どこか詰問の色を含んでいた。
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